2002.01.22
<関東の渡来の史跡・その5>| 愛想のよいネコがいます | |
| 白山神社の横穴墓 と 黒ネコ --- 神奈川県三浦市 |
神奈川県の三浦半島の南端、三浦市南下浦町菊名にある 白山神社 です。 境内には、とっても愛想よい 黒ネコ がいます。 また、奈良時代のものといわれる 横穴墓 があり、中に入ることもできます。

白山神社は、“白山(はくさん) 信仰”にもとづく神社です。
もともと、石川県・岐阜県の県境に山頂をもつ 白山(標高2702m) を霊峰として拝する人々のあいだでの信仰でしたが、白山の神が農耕神としても崇められるようになったことから、白山から流れ出す諸河川の流域にまで信仰圏が広がり、さらに全国各地で祭られるようになりました。
* * *
“白山信仰”の発生には、古代の朝鮮半島からの渡来人が濃厚な関わりをもっていたと考えられます。
山陰から北陸にかけての地方は、たくさんの渡来人が対馬海流に乗って移り住んできた地域です。 当時、白山山麓周辺にも、数多くの渡来の文物がもたらされたことは、この地域の遺跡の出土物からもわかります。
北陸の白山は、頂上に雪をいただき、白く輝く高山です。 そのため、朝鮮半島から渡海して来る人々にとっては、はるか海上からでも望むことができる山であったでしょうし、印象的なその山容は、航海の際の目標にもなったはずです。
また、「白山」という言葉の由来にも着目したいと思います。
「白山」 は、今日では 「はくさん」 と音読みし、「雪をかぶって白くなった山」 を意味するわけですが、昔は 「白山」 は 「しらやま・しろやま」 と読まれていました。
そして、この 「しらやま・しろやま」 という言葉には、「新羅人(しらぎひと) の山」 あるいは 「斯盧人(しろひと) の山」 という意味あいもあったようです。
斯盧(しろ) というのは、朝鮮半島の南東領域にあった辰韓(しんかん) 諸国のひとつで、新羅国の前身です。 斯盧国が中心になって4世紀後半に新羅が建国され、そして、この新羅が、三国分立の時代を経て、のちに半島全域を統一しました。
新羅も斯盧も、朝鮮半島の中では日本列島にもっとも近い南東部に位置しますので、その領域からは、特に多くの人たちが山陰や北陸地方に渡って来たと考えられます。 北陸の白山は、新羅や斯盧の出身の人々の信仰対象となった山であったからこそ、「しらやま・しろやま」 と呼ばれるようになったのでしょう。
さらに、朝鮮半島における 「山頂が白く光る高峰」 に対する親しみや信仰風土からも、渡来人の白山に対する 「思い」 を想像することができます。
今日の朝鮮半島でも、太白山脈・小白山脈、あるいは、白頭山など、「白い山」 を表わす地名が見られます。 これらの山々は、日本の白山のように雪に覆われて白いというより、その地質が白っぽい岩石から成っているために白く見えるようですが、朝鮮半島から渡って来た人々は、雪をかぶった白山を見て、故郷の山を思い出したのではないでしょうか。
* * *
三浦市の白山神社が、いつのころに創建されたのかは、よくわかりません。
しかし、神奈川県内には、大磯町の高来神社など、明らかに渡来系の神社があり、また、三浦半島の対岸の千葉県木更津市の金鈴塚古墳からも、やはり渡来系の特徴をそなえた遺物が出土しています。 これらのことから、この南関東にも、古来、多くの人が朝鮮半島から来たり住み、三浦半島から東京湾を渡って房総半島側にまで、その居住地域が広がっていたことは明らかです。
この白山神社境内の横穴墓も、渡来系の人を葬ったものでしょうか。
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白山神社の横穴墓の入口です。
横穴墓は、神社の本殿の左奥にあります。
摂社の小さな祠(ほこら) のすぐ右手に、入り口が開口しています。
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横穴墓の入り口から、中をのぞいた写真です。
奥壁と天井が写っていますが、内部が 家型 にくり抜かれているのがわかります。
さらに、天井には、中央に 棟木(むなぎ) が彫り出され、それと直角に 垂木(たるき、棟から左右にわたす材) も彫り出されるなど、死者にとっての 「家」 を意識した造形になっています。
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上の写真とは、逆の方向から見た写真です。
横穴墓の奥から入口方向を見ています。
やはり、家型 に造られた構造がわかります。
横穴墓は、三浦半島の沿岸部一帯に見られますが、この白山神社の横穴墓は遺存状態が良く、「切妻造妻入形横穴古墳」 として三浦市指定の重要文化財にもなっています。


| ◆ 「白山神社」 へは … |
| 京浜急行久里浜線 「三浦海岸」 駅の南 約1km、徒歩 約20分 |
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