Papa told me
榛野なな恵・作
(小学館:ヤングユーコミックス1〜26巻、“完全版”ほか刊行中)
榛野なな恵の「Papa told me」は、おませな小学生・的場知世(まとばちせ)ちゃんと、作家のお父さんの日常のスケッチを通して都会生活を描いた超ロングセラーだ。
連載開始は1987年、既刊単行本は26巻、そのほかにも文庫版が4冊、愛蔵版も2冊も出版されている。トレンドの推移が早いコミック界で、決して大人になることはなく、むしろ絵柄的にはさらに子供へと定型化している知世ちゃんは、女性コミック界の「サザエさん」だとも言える。
ただし、総勢7名+猫1匹、家長制大家族・庭付き一戸建ての磯野家に対し、的場家はマンション住まいのたった二人の父娘家庭。1946年誕生の「サザエさん」では、「普通の勤め人の家族」というあるべき日本のマジョリティーの姿が、いまやファンタジーと思えるほど執拗に描かれてきた。それとは逆に、榛野なな恵作品の一貫した魅力は、父子家庭や都会生活など「何かを切り捨てた(切り捨てざるを得なかった)マイノリティ」の生活とその潔さが、基調音として描かれているところだ。
ご覧のコマ(第1巻19頁目6コマ目)は、知世ちゃん自身が「家風」を友人に語る名シーンだ。つまり、「普通の人」たちがいて、同じ様に平等で、その総意が民主主義の根幹であるなどというのは幻想であり、どの時代のどの家族も各々にいびつな形であり、デコボコしたものが共存しているのが社会だというのが、このほんわかした大人気作品の過激な主張だと思う。
単親家庭など、「フツーでない家庭」における密接な家族関係は、同時に依存関係でもある。たとえば槇村さとるであればこれを「健全」な状況とは描かず、自立や恋人の登場によってその関係は克服されていくのだが、知世ちゃんはお父さんとの「恋愛関係」から卒業しそうにない。というか、それでもよいのだという、個人主義のある種の強靭さがこの作品世界にはある。
この作品を読む度に連想するのは、A・A・ミルンの「くまのプーさん」童話だ。少年とぬいぐるみたちの暮らす空想世界も、いつかは卒業しなければならない子供時代として描かれる。育たない知世ちゃんの趣味がテディベア集めというのは象徴的だ。やっぱりこのヒト、確信犯だ。
(2002年)