ムーミンコミックス
ト−べ・ヤンソン + ラルス・ヤンソン・作 (冨原眞弓・訳)
(筑摩書房:全14巻)


  昨今の「成功した漫画家」と言えば、億ションを構え、乗る暇もない外車やバイクを何台も所有する反面、小遣い稼ぎにコミケでエッチ同人誌を売る…なんてイメージもあるが、6月に86歳で亡くなった「ムーミン」の作者トーべ・ヤンソンは全く正反対だ。
 戦時中の若き日は(祖国フィンランドは枢軸国側にもかかわらず)ナチスを批判する風刺画を描き続け、77歳になるまで夏は電気も水道もない弧島の別荘(というか小屋)で暮らした。「ムーミン」誕生以前から油絵で活躍し、生涯に多くの絵本や小説も書いた。一言でいえばやっぱり「芸術家」であり、しかもテレビではしゃいだり選挙に出たりしない「古き良き時代の文化人」なのであった。
 童話「ムーミン」の魅力とは、唯一無二の世界の創造、つまり徹底したオリジナリティにつきる。本書はそのコミック版で1953年からイギリスの新聞に連載された。北欧らしい神秘性をたたえた原作に対し、冒険と躍動感にあふれた楽しい小品群だ。後に連載を引き継いだ実弟ラルスの作家性なのか、タイムマシンやテレビなどが続々登場、スラップスティック的笑いや風刺のテイストも濃いけれど、独創性は揺るがない。 
 グラフィック・デザイン的な画風の洗練性も特徴だ。ご覧のコマでは悩めるムーミンが親友・スナフキンに相談を持ちかけているが、コマとコマの間の仕切りが日本のマンガのような余白でもアメリカン・コミック風の直線でもなく、釣り糸で装飾されていているのが心憎い。こういう遊びもあちこち仕掛けられている。
 高級なのに面白いヤンソン作品のオリジナリティは、小手先の「職業漫画」的な制度には属していないから来るのだろう。自身のライフスタイルを背景にした、作り手として「本来あるべき」筋のよさと厳しさ。タイアップとマーケティング優先のコミック・シーンで、襟を正させられる。
 コミックの日本語版は69〜72年のアニメ放映時に講談社から出版されたきり絶版(ちなみに右綴じの単行本で、画は全て左右逆版だった!)。一時、福武書店(現ベネッセ)から刊行されるもまた絶版。昨年から新訳でようやく読めるようになった流浪の名作だ。今度こそ揃えない手はない!

(2001年8月10日)

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