(何故私はここにいるの?)

自身に問い掛けてみる。答えは出ない。今までそんな事は考えた事は無いから。
自身を取り巻く事象をそうして客観的に考えた事が無いからだ。
全ての事は、予め、“そうなるように”決められてきた物だと思っていた。

自身は今自宅にいない。気怠さ。眠気を感じる。暗闇。自身には慣れた物だ。
そう、虚無の空間。自身の還り着く場所。音も無く、光も無く。全てを“無”とする世界。

(・・・・・・でも・・・・・・)
(・・・・・・ここは違う・・・・・・)

立ち上がり、辺りを見回す。少し足がふらつく。慢性的に起こる偏頭痛やその他の現象ではない。
頭のどこかで、体の中に入ったアルコールのせいだと言う事を悟り、砕けそうになる足を立たせる。

立ち上がった後、辺りを見回した。辺りには、数人の人が転がっている。
上司である葛城ミサト、加持リョウジ、赤木リツコ。
クラスメイトである洞木ヒカリ、鈴原トウジ、相田ケンスケ。
同僚である、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー・・・・・そして、

(・・・・・・・碇君・・・・・・・)

声に出さずに呟やいた。目も慣れてきたようで、僅かな光で少年の顔がはっきりと見える。
少年は寝ていた。中世的な顔立ち。目元に生え揃った男性にしては長い睫毛がより一層少年を際立たせた。
どちらかと言えば、女性に近いものだったかもしれない。

あどけなく、唇を僅かに開いたシンジは柔らかな寝息を立て、眠りに着いていた。

(・・・・・・・碇君・・・・・・・)

もう一度呟く。正常通りにとは行かない平衡感覚で、少々ふらつきながら少年の隣に行く。
少年の隣に着いた少女は腰を降ろす。

何故自身はわざわざ移動したのか?解らない。ただ、少年の側に行きたかった。
少女は、少年の隣で座り込んだ。シンジはソファの上で、座ったまま寝ていた。

(・・・・・・碇君・・・・・・)

心なしか鼓動が早まる。顔も何処か熱い。不思議な感覚・・・・。

(・・・・・・何?・・・この感覚は・・・・・・)

疑問。自身を渦巻く感情の欠片。分からない。前に文献で読んだ事があった。
恋愛小説だった。普段はあまり読まない分野。それらの事は分からないから。

(・・・・・・これが・・・・・そうなの?)

問い掛け。答えは出ない。だが、分かる。自身の感じている感情が、それと一致する事が。
ある意味刷り込みだったのかも知れない。遺伝子の引き合わせ。母親と子の母性愛・・・そんな物だったのかも知れない。

少女は、思考を中断した。そう、これに答えは出ない。在るとしても、それは今の自身には持ち得ない物。
少女はもう一度少年の顔を見つめる。あどけなさの残る青年へと発達途中の少年。

急に眠気が襲ってきた。少女は瞼を閉じた。何処か何時もの眠りよりも安らいだ気がした。

カーテンの奥から青白く神秘的な光を放つ月の光が、時折、二人を照らしていた。


夢祭〜生誕を祝う者 そして願う者〜


往々そうであるように、きっかけは何でもない事だった。
別段変わった事があった訳ではない。何時ものように学校へと行き、何時ものように本部へと来たのだ。
本日のスケジュールは、シンクロテストである。自身専用の真っ白なプラグスーツを身に纏いテストプラグへと移動する。

テストも良好であった。別に何事も無く過ぎていった。

「そう言えば、レイの誕生日って何時なの?」

何気ない一言をアスカが洩らした。別に他意は無い。ただ何となくだ。
テストの報告書を渡され、結果を見ていたレイにアスカが声を掛けたのだ。

「・・・・・・・?」

レイはきょとんっとした顔でアスカを見た。“誕生日”聞いた事があるようで無い言葉である。

「だ〜か〜ら、誕生日よ。誕生日。分かるでしょ?」

暫し思案して思い出そうとする。“誕生日”そう、確かに聞いた事のある言葉だった。
辞書でも見かけた事がある。

(誕生日・・・・・人の生誕を記念する日・・・・・・)

頭の中で思い起こす。以前に二回ほど、誕生日と言う物を経験した事がある。ただ、自分の誕生日ではない。
一度目は、シンジの誕生日。二度目はアスカの誕生日である。
別に参加しようと思った訳ではない。何時もの自分ならその二つとも断っていたであろう。
しかし、自分はその二つとも参加していた。何故だか分からない。ただ、シンジとアスカに誘われた。それだけだった。
だが、自身の誕生を記す日。それは、無いのである。人の生誕を記す日。人が誕生の産声を上げた日。
自身はそれが無い。それ以前に自身には幼少期。その記憶が無いのだ。いや、厳密にはあるのだろう。だが、思い出す事は出来ない。

“一人目”と言われる自身の分身。幼少期を過ごした綾波レイの記憶は“二人目”である自身にも引き継がれている。
だが、それは、要所要所の重要な部分。印象的であった部分なのである。
さらに、自身は生まれた時から、既に4〜5歳ほどの年齢であった。

ならば、自身の誕生日は何時なのか?分からない。元々無いのかも知れない。何せ、自分は“ヒト”ではないのである。

「?どうしたの?レイにアスカ?」

「あっ、ミサト。いやね、レイの誕生日って何時なのかな〜?っと思ってさ」

「え〜、何でまた?」

「だって、気になるじゃない。それに、自分だけ祝ってもらっといて、その人を祝わないのは、ダメでしょ?」

「ふ〜ん、アスカも優しい所あるじゃない」

「ばっ、そんなんじゃないわよ。でっ?レイ何時なの?」

「・・・・・分からない・・・・・」

「・・・・・分からないって、自分の誕生日が?呆れたわね〜。まあ、いいわ。それなら、NERVで知ってそうなのはリツコね」

言うや否や、レイの腕をぐいっと引っ張ってリツコの私室へと向かい歩き出していた。
あまりにも早く、どういった展開でこんな事になっているのか分かっていない。
レイはただ、子供が母親に手を引かれているようにアスカの後を追って行った。
残された、ブリーフィングルームの二人、葛城ミサトと碇シンジも展開の早さについて行けなかった。
が、お互いの目を合わせた瞬間、アスカの後を追って走り出していた。


「・・・・・・・・・で?御一行様がわざわざ私の部屋に何の用?」

目の前に積まれた書類の束と端末を机の隅へと移動させ、愛用の地引のコーヒーを入れながらリツコが声を出した。
ミサトやチルドレンが自分の部屋に来る事は稀ではないが、チルドレンが全員揃って自分の部屋へと訪れたのは初めてなのである。

「レイの誕生日を教えて欲しいのよ」

開口一番、アスカは隣にいるレイを指差しつつ言った。一瞬何の事か分からずに豆鉄砲を食らったハトのような表情になる。

「でっ?何時なの?」

即答をしないリツコをじれったく思ったアスカは答えを速した。
ようやく頭の中で言葉を整理し終えたリツコは、コーヒーカップを持ち上げ、レイの方を見た。

「そうね。レイの誕生日ね。考えた事も無かったわ」

「はっ?誕生日よ。誕生日。考えた事が無いって、どう言う事よ」

「そのまんまの意味よ」

自嘲気味に視線をレイとアスカから外し虚空を見て呟いた。隣で事の成り行きを見ていたレイは分かっていた。自身は創られた存在。
“約束の日”の到来。その劫の為に生きている。生誕を祝うと言うことなど自身ですら考えた事は無かった。
“創られた存在”自分は、それだった。全ての事象を予め“そうなるように”するように定義付けられた存在。
それだけの為に生き、その為に無へと還る。それだけだった。

ふとシンジの視線が目に入る。穏やかな表情と少し困った表情を見せている彼。彼の視線が自分に向けられた。
軽い動揺。何故自分の中でこんな感情が浮かび上がってくるのか?それは分からない。
心なしか、自分の頬の温度が上がった気がする。

「でっ、ホントは何時なんです?綾波の誕生日・・・・」

シンジが口を開いた。また、軽い動揺。何故彼も聞くのか?自身の誕生日を祝ってもらったお礼?
分からない。ただ、心の何処かでそれを期待している自分がいる事に気付く。

「そうね・・・・・レイの誕生日は、3月31日。ちょうど明日ね」

「へっ?明日?」

「そう。レイの保護者の私が言うんだから間違いないでしょ?」

「まっ、まあそうですけど・・・・・」

レイはその会話の成り行きを聞いて、軽い驚きの色を示した。誕生日・・・・・それが自分にもあるのか?
明日と言う日、3月31日。それは自身にとって何か特別な日であったか?
記憶を紡ぐ。そして導き出された答え。そう、“二人目”と呼ばれる自分がその体に宿った日だ。
“一人目”の突発的な事故の翌日。自身が目覚めた日。それがちょうど明日に当たる訳だ。

レイは丸くした目をリツコに向けた。彼女は、全て知っている。自分の体の秘密も、その存在理由も・・・・・
彼の上司である、碇ゲンドウから聞いている筈だ。故に、自分に誕生日など在り得ない事も知っている。
だが、実際彼女は、自分の誕生日は、明日だと言ってくれた。
何故?彼女の顔を見て目で問う。その視線に気付いたのか、リツコが柔らかくレイを見て微笑んだ。

「明日?明日なのね。じゃあ、誕生パーティーしなくちゃ」

「うん」

「ちょっと、ちょっと。明日も訓練あるのよ。それどうする気よ」

「そんなの、キャンセルよ。キャンセル。何なら、有給休暇って事でもいいわ」

「そんなの通る訳無いじゃない。ねっ、リツコ?」

二人の会話に慌ててミサトが動揺して口を挟んだ。本当は、ミサト自身、誕生パーティーを開くと言うのは大歓迎だ。
生来の性格からか、そう言った行事は好きな方だ。だが、ここは曲がりなりにも軍隊。そのような私的な理由が通る筈も無い。
そう思い、ミサトは親友の方へと視線を移した。“お堅い”性格のリツコ。
ましてや、訓練の遅れとデータの欠如で困るのは、作戦本部よりも寧ろ、技術部なのだ。
人は常に成長する。それと同じようにテクノロジーも常に発展を遂げなければならない。

だが、ミサトの耳に入ってきたのは、期待した言葉ではなく、全く別の答えだった。

「・・・・・そうね。それも良いかも知れないわね」

「はっ?」

「だから、有給休暇を取って、レイの誕生パーティーをやるって言うのよ。良いと思わない?」

「ちょっ、そんなんで良いの?大体そんなの通らないわよ」

「大丈夫よ。最近の皆の調子は貴方も知っての通り良好よ。これ以上の訓練は、負荷を与えるだけ」

「・・・・まぁ、あんたがそう言うなら私は反対する気は無いけど」

「そう。じゃあ決まりね」

「・・・・まったく、どうしたのよ?リツコらしくないんじゃないの?」

「・・・・・そうかもね・・・・・」

残ったコーヒーを飲みながら、リツコは言った。罪滅ぼし・・・・・そんな簡単な言葉では済まされないほどの事を私はやっている。
ただ、それを自身に課するだけならいい。自分が汚れている。それに気付いてからは、受け入れる事が出来たから。
だが、それを実行するのに、綾波レイという少女を利用するのは、心の底に封印した筈の良心が痛んだ。
大人の自分から見れば、少々大人びていても、少女には変わり無い。
自身とゲンドウによってこんな風に教育されなければ、今ごろもっと別の可能性の道を歩めたかも知れない。
それだけの才能をレイは持っている。そう“ヒト”としての可能性・・・・・
だが、実際自分のやっている事は、少女を道具として扱い、利用する。それだけだ。
心が痛む。自身が汚れるだけならいい。もう慣れてしまったから。だが、この純粋な少女を利用するのは心が痛む。

リツコは、母、ナオコの亡き後、レイを引き取った。最初は単に、ナオコの代わり。それだけであった。
だが、それも間もなくとし、ゲンドウからレイを一人で住ませるようにとの命令を受ける。
反対する理由は無かった。いや、実際はあったのかも知れない。だが、それを言葉にする事は出来なかった。

そして、劫は流れ、今の綾波レイという少女に育った。痛む。
全てを知らされ、だが、何も知らない純粋な少女を目の前にしていると、心がどうしようもないくらい痛んだ。
そこに現れた、碇シンジと言う少年。

彼の存在は、リツコにとっても大きかった。弱く、脆い心を持っている。だが、他人の全てを受け入れる事が出来るような優しい心も持っている。
彼が現れてからのレイは日増しに変わって行った。遅い心の成長。だが、確実に彼女の心は成長していた。
それは、彼女自身気付いていないのかも知れない。だが、リツコには分かっていた。
シンジの姿を認めると僅かに伏せ目がちになる姿や、僅かに色付く頬の色。
それは、僅かでも“子”として彼女と接したリツコのみに分かる事だったのかも知れない。

「じゃあ、明日、パーティーをしましょうよ。いいでしょ?」

「うん。綾波もいいよね?」

「・・・・・・・別に、構わないわ・・・・・・・」

考えることも無く、答える自分がいた。動揺。何故賛成するの?訓練を止めてまで・・・・・。
答えは、見つからない。ただ、シンジに誘われる事を期待していた自分がいる事に気付く。


事の成り行きは、そんな感じであった。何の事は無い。少し変わった事であったが、在り得ない事象ではなかった。


翌日。

窓から差し込む陽の光が、人に見捨てられた廃屋のような寂れた外観のその部屋の印象をいつもよりもやや和らげていた。
まるで温かいものに包まれて穏やかな眠りにつくような安らいだ空気。部屋の中には簡素な家具と僅かばかり転がる紙屑だけ。
隔離された病室のようにも見える。簡素なパイプ造りのベッド、小さなチェスト、古ぼけた冷蔵庫。
部屋の中にはそれらの物しかなかったから。
陽の光がそれらの物たちを優しく包んでいる。静謐。まどろんでいる物たち。

まどろむ空気の中、彼女はゆっくりと起きた。反射的にベッドの上の目覚し時計を見る。
午後1時。今日は学校が休みである。
白い大き目のカッターシャツを纏っただけのパジャマで彼女は、ベッドから降り、キッチンへと向かう。
埃っぽいキッチン。これでも以前よりはマシになった方だ。機材も前よりも随分増えた。

レイは、キッチンの冷蔵庫から携帯用の固形食品に目を向け、取り出す。以前の自分ならそれだけだった。
だが、その他にも、レイは奥に締まってあった、野菜なども一緒に取り出す。
以前、シンジが一度家に来て、自分の食生活を聞いて驚き、その場で簡単な物を作ってくれた。
それから、少々“食事”と言う物に興味が湧いている。食べると言う行為が、機械的なものでなく、楽しむ行為として捉える事が出来始めていた。

簡単なサラダと共に、それらを食したレイは、ベッドの上に置かれた読み掛けの本を持って、チェストに腰掛ける。
休日の何時もの変わらぬ自分。後は、こうして本を読み、夕方になれば必要な食材を購入しに行くだけだ。

レイはそう思いながら、本に深紅の瞳を落とす。だが、何時もよりも落ち着かない自分がいる。

(・・・・・・何?・・・・・・)

問い掛け。分かる筈も無い。ただ、何か落ち着かない。だが、それは不快な物ではなく、何処か心地いい物だ。
昨日の別れ際にシンジに、今日の午後5時ぐらいに来て欲しいと告げられた。
訓練が中止されたので、別に彼女にしても予定がある訳ではないので、承諾した。
自分では分からないが、僅かに昂揚している自分がいる。

レイは、そうして数十分、本に目を落としていたが、その内容を目で追う事は出来ない事を悟り、本を閉じる。

不意に物音。金属製の何かを叩く音。すぐにそれが、ドアを叩くノックの音だと知り、扉の方へと向かう。
喧しくノックを続ける扉の向こうの人物に僅かに不快そうに眉を潜めたレイは、たて付けで開け閉めの悪くなった扉を開く。
金属がコンクリートと擦れる音の向こうから、見知った顔が覗いていた。

「やっほ〜。レイ。おはよう」

「・・・・・・おはようございます。葛城三佐」

「も〜、今日はNERV休みなんだから。三佐じゃないわよ。ミサトでいいわよ」

「・・・・・・はい。葛城三佐」

「・・・まあ、いいわ。今日は貴方のパーティーよ〜。楽しみ?」

「・・・・分かりません・・・・」

「う〜ん、そっか。まあ、いいわ。ところで、レイ。今日は学校お休みなのに、何?その格好?」

「・・・・・・?」

ミサトの言葉に、自分の姿に目を落としてみる。何時もと変わらぬ姿。
深い緑を基調とした第一中学校の制服である。

「だ〜か〜ら、何で制服なの?って事よ」

「・・・・・・・これしか持ってません」

「う〜ん。そっか。まぁ、私もそう思ったから来たんだけどね」

「・・・・・・・?」

今一、意図が掴めず、首を傾げ、深紅の瞳をミサトに向ける。

「ねっ、レイ。これからお買い物行かない?」

「・・・・・お買い物?」

「そっ。まあ、お買い物って言っても、服。貴方の服を買いに行くのよ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「せっかくの貴方の誕生パーティーでしょ?御めかししなくちゃ」

「・・・・・別に、必要ありません」

「え〜、そう?きっと、シンちゃんもレイがドレスアップした姿、見たいと思うけどな〜」

「!?」

ふと僅かに動揺。自分の体の体温が数度上がった気がした。不思議な感覚。心が揺れる。何故?分からない。
碇君の名前が出た途端、自分の体の中から言い知れない感情の波紋。それは、何処か心地良いもの。

「じゃあ、決まり。早速行くわよ。お姉さんがしっかり見立てて上げるからね」

「・・・・・はい・・・・・」

すぐに答える自分。分からない。最初は断ったのに、何故?


数十分後には、市内の洋服店に着いていた。色々な形の服。色々な彩色の服。
どれも見た事があるような物。自分には必要が無いもの。
自分の服は、全てNERVから支給される物だけだから。
下着や制服も週に1.2度ある検査の際に自分の体のサイズが変わっていれば、その帰りに渡される。
だから、こう言った店に訪れる事は無い。また、興味も無い。
服と言う物。人の素肌を覆い、外温調節などを目的とする物・・・・・
それならば、今来ている制服でも十分に事は足りる。

「レイ?どうしたの?」

「・・・・・何でもありません・・・・・」

「そう?じゃあ、これから貴方の服を選ぶわね。何か着たい物とか欲しい物ある?お姉さんが本日に限り奢っちゃうわよ」

「・・・・・分かりません・・・・・」

「う〜ん、そっか。まあ、無理も無いわね。じゃあ、とりあえず、いろいろ回ってみようか」

私は、頷いて葛城三佐の後を追って行った。


「う〜ん、これはどう?」

「・・・・・分かりません・・・・・・」

「じゃあ、これは?」

「・・・・・分かりません・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「はぁ、困ったわね〜。これじゃあ、いつまで経っても決まらないわ」

「・・・・・・・・・・・・」

「じゃあ、最終手段。店の人に選んでもらっちゃおう。すいませ〜ん」

葛城三佐が手を上げて店員の人を呼んできた。成熟した大人の女性。それで居てどことなく幼さを残す店員。
薄めの化粧と白を基調とした店の制服に身を包んだ女性。どことなく伊吹二尉に似ている。

「は〜い。どうなされました?」

「この子の服選んでもらえますか?」

「はい、かしこまりました。え〜っと、お名前は?」

「・・・・・・綾波レイです・・・・・・」

「へ〜、レイちゃんね。いい名前ね。じゃあ、レイちゃんちょっとこっちに来てもらえる?」

「・・・・・・はい・・・・・・」

「レイちゃん可愛いわね〜。彼氏とかいる?」

「・・・・・彼氏?・・・・・」

「そっ、彼氏。レイちゃんぐらい可愛かったら、居るんじゃない?」

「・・・・・彼氏と言う人はいません・・・・・・」

「う〜ん、そっか。もったいないわね〜。こんなに可愛いのに。じゃあ、お姉さんがバッチリメイクアップして上げるから」

「・・・・・はい・・・・・」

そう言って、私を試着室の前に座らせた店員さんは、服を探しに行った。
“彼氏”・・・・・・さっきの会話で気になった言葉。
聞いた事がある気がする、前に読んだ恋愛小説。いつも読んでいた小説が飽きたから偶々買った普段読まないジャンル。
その中でも“彼氏”と言う言葉を見た気がする。“彼氏”・・・・・人が互いの事を好き合った相手の内、主に男性を指す言葉。

「お待たせ。レイちゃん。じゃあ、早速着てみよっか」

「・・・・・はい・・・・・」

「へ〜、レイちゃん、肌白いのね〜。羨ましいわ」

「・・・・・・・?」

肌が白い・・・・それはいい事なのか?・・・・・
先天的なアルビノ・・・・色素欠乏症・・・・普通の人ではありえない事。
私の瞳・・・・・赤い血の色の瞳・・・・・抜け落ちてしまったような白い肌・・・・・
仕方が無い。私は、“ヒト”ではないのだから・・・・・・

「へ〜、レイちゃんって、こうして見るとさらに綺麗になるわね〜。ちょっとお化粧してみようか」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「うん。まあ、中学生にはこれ位で十分ね。なんか楽しくなってきちゃったわ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「じゃあ、最後に、このイヤリング。穴開けなくてもいいから、大丈夫よ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「よっし、完成。見違えたわよ。どう?感じは?」

「・・・・・・分かりません・・・・・・・」

「う〜ん、じゃあ、さっきのお姉さんに見てもらおうか」


(・・・・・・遅い・・・・・・)

なかなか出て来ないレイに退屈したのか、ミサトは販売機で買ったコーヒーを買って椅子に座っていた。
実際彼女の顔はこの上ないほど楽しそうだった。
普段、服やそれらの事、同世代の女の子ならば必ずと言って良いほど興味を持つ事にレイは無関心だったから。
少々強引であったとは言え、普段と違うレイの一面を見られるかも知れない。そう思うと楽しくて仕方が無かった。

「・・・・・・・遅いわね〜・・・・・・」

今度は声に出して言ってみた。実際着せられているレイよりもミサトの方がそわそわしていた。何処か姉のような心境だった。


カップのコーヒーも後少しになったので、一気に飲み干した時、目の前のカーテンが開かれた。

「あっ」

自然と声が出ていた。力が抜けたのか、コップが落ちていた。慌てて拾い上げた私は、コーヒーを飲み干してしまっていた事に感謝した。
カップを机の上に置いた私はもう一度真正面からカーテンの向こうから出てきた少女を見てみた。
綺麗・・・・・・・純粋にそう思った。大人の私が見ても、目の前の少女は綺麗だと思った。
見違えた・・・・・・・いや、元々彼女はこうだったのかも知れない。ただ、使徒と言う物の襲来。
そう言った物が無ければ、目の前の少女は、こうした綺麗な私服を着、同世代の子供と戯れていたのかも知れない。

「へ〜、綺麗にしてもらったのね。可愛いわよ。レイ」

立ち上がって、レイの側によって行った。全体的に明るく柔らかい配色だった。
上は、ノースリーブの白地のニット。柔らかい生地と緩やかにデザインされた丸首の部分が着やすさを表している。
サマーニットとは言え網目は細かく、デザイン的に考慮された網目模様だけで洗練された印象を造り出している点が、
とても上品に見えた。丈がそれ程長くないニットの裾が切れるか切れないかの所で、下のロングスカートが始まる。
色は明るいベージュ。ウエストの部分で細い皮のベルトで締め、後は自然に流されている。
足元は裸足にデッキシューズ。普段は髪で隠れている耳元を僅かに出し、控え目に輝く小さな銀のイヤリングが印象的だ。

「どうです?レイちゃん色が白いから何着ても似合うと思ったんですけど、やっぱり、こう言った落ち着いた感じの方が似合ってません?」

「うん。上出来。さっすがプロね」

「ありがとうございます。じゃあ、ちょっとお時間貰えます?腰周りとかを少々詰めますので」

「はい。よろしくお願いします」

「じゃあ、30分後またここに来てください」

「はい」


30分間は特に何をするでもなく過ごしていた。ちょうど文庫本も読み終わったから、一冊買ってきて、それを読んでいた。
葛城三佐は、終始笑顔だった。何時もより、自分を見る目が優しい気がする。

「はい。お待たせしました。どうします?早速着てきます?」

「お願いします。レイ。着てきなさい」

「・・・・・・はい・・・・・・」

店員さんに連れられて試着室に入って行った。カーテンが閉められる瞬間、葛城三佐の言った言葉が脳裏に残った。


『これで、シンちゃんはバッチリ掴み所OKね。シンちゃんも綺麗になったレイを見て嬉しいと思うわよ』


不思議な感覚・・・・・・心の波紋。分からない。何故心が揺れるの?
揺れる・・・・・・最近多くなった。自分でもそう思う。そう、サードチルドレン、碇シンジが来てから。
分からない。彼を見ていると心が安らぐ。優しい笑顔。彼らしいと思う笑顔。
心に浮かび、鮮明に映し出される。優しい物。心地好い物。


「レイ?」

「・・・・・・はい・・・・・・」

「シンジ君の事どう思う?」

「・・・・・分かりません・・・・・」

問い掛け。相手に対してではない。自分自身への問い掛け。答えは出ない。
彼をどう思うか?考えた事も無い。同僚、クラスメイト・・・・・・客観的に見ればそれだけだ。
でも、それだけじゃない。確信は無い。でも、分かる・・・・・・・

「まぁ、いいわ。じゃあ、これからパーティーよ。リツコ達も、もう着いてると思うし、後は主役の貴方を待つばかりよ」

「・・・・・はい・・・・・」

「レイ・・・・・今日という出来事で少し考えてみて欲しいの。貴方にとって、人とは、特にシンジ君は自分にとって何なのかを・・・・」


葛城三佐の運転する車で数十分後、コンホマートの前に着いていた。
軽い足取りの葛城三佐を前にしてついて行った。
ドアの前まで来て、

『いい?レイ。主役は最後に登場する物よ。私が入ってきて。って言ったら、入ってきて頂戴。皆をびっくりさせるんだから』

『・・・・・・何を驚かすのですか?・・・・・・』

『もっちろん、綺麗になった貴方の姿を見て皆をよ』


「じゃ〜ん、お待たせ〜!」

「遅いぃ〜。何やってたのよ?ミサト?」

「ゴメン、ゴメン。ちょっち野暮用でね」

「まったく、手伝い放り出して、レイを迎えに行くとか言ってさ。ちゃんと連れてきたの?」

「もっちろん。オマケ付きでね」

「?オマケ?」

「そっ。じゃあ、主役の登場よ。レイ、入ってきて良いわよ」

即されるまま、部屋へと入って行った。何時もと違った部屋。何度か訪れた事のある部屋。
でも、そこは何時もとは違う空間。色取り取りで彩色された部屋。たくさんの料理。たくさんのヒト・・・・

「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」

「?」

「なぁ〜によ?皆?固まっちゃって?ほら、シンちゃん。何か言ってあげなさいよ」

「ほぉ〜、レイちゃんもこうして見ると、相当可愛い女の子だね。そう思わないかい?シンジ君?」

加持が感心したようにシンジに話しかける。が、その声は全く耳に入っていなかった。意識は既に彼方へ行ってしまっていた。
すっかり心を奪われていたのだ。その様子を見てアスカが手を延ばしてシンジの耳を引っ張った。

「あてててて・・・・・・・!」

「な〜に、鼻の下伸ばしてるのよ。やらしいわね」

「べっ、別にそういうつもりじゃ。ただ、綺麗になったなぁ。っと思って・・・」

「でも、まっ、私には劣るにしても、結構可愛いじゃないの」

「ほ〜、なんや、印象が違ってくるな。こう言っちゃ何やけど、見違えたっちゅうか、何ちゅうか・・・・」

「ホントだよな〜。おっと、写真、写真」

「レイさん・・・・綺麗・・・・」

「随分綺麗にしてもらったのね。レイ」

「はいはい、どう?レイの意外な一面でしょ?じゃっ、“綾波レイ15歳記念パーティー”開催よ」

ミサトが何時の間にやら持っていたエビッチュのビール瓶を掲げて、乾杯の音頭を取っていた。
何時の間に・・・・っと言いた気な残りのメンバーを尻目に、ミサトは片手で既に料理の一端を掴んでいた。
それに同調し、既に目の前に置かれた料理を何度となくヒカリの手によって取るのを押さえつけられた、
“食獣、鈴原トウジ”が起動し、パーティーの開始を示していた。

レイもシンジに即され、座った。シンジは笑ってレイのいるソファにゆっくりと腰掛ける。
2人の間には微妙な間隔。決して近い訳でもないが、そこにもう一人座れる程空いている訳でもない。
不思議な間隔。間の取り方。

(・・・何?この気持ち・・・)
(・・・でも・・・嫌じゃない・・・)


パーティーの方は、特別何かした訳ではない。作られた料理を食べながら、皆で話し合いながら笑いあう。
時折、シンジが自分に話し掛けてくれ、それをミサトがからかい、シンジが真っ赤になりながら講義する。
途中、鈴原君と相田君の漫才と言われる物。アスカと鈴原君の言い合い。

ヒトの話し声・・・・・たくさんのヒト・・・・・好きじゃない物・・・・・

(・・・・でも・・・・・)
(・・・・今は、そうでもない・・・・)

時計を見る。もう午後9時だった。加持が、おっと、もうこんな時間か・・・・と言わなければ、皆気付かなかったであろう。
それほど、何処か充実した時間だった。

「もうこんな時間かぁ〜。よっしゃ。じゃあ、レイになんかプレゼント持ってきた人は、ここでプレゼント渡しよ」

彼此、2時間近くアルコールを摂取しているミサトな訳だが、未だにそのペースは衰えず、口調もしっかりしている。
隣のリツコも親友と変わらぬペースで飲んでいるのだが、そろそろグロッキーなのであろう。

「おっしゃ。じゃあ、ワイとケンスケからや。なんや、女子のプレゼントっちゅーのは、何が良いか分からんくての〜」

「そう。そう。トウジったら、最初。何あげる気なんだ?って聞いたら、『ジャージ』だもんな〜」

「やかましいわ。まっ、そんな訳で。これや。もらってやってくれ」

「・・・何?・・・」

「まあ、いわゆる。フォトグラフィック・ライブラリー。要するに、アルバムさ。ちゃんと今まで、俺が取った写真も入れてあるやつ」

「・・・ありがとう・・・」

「いやいや。どういたしまして」

「あの、私からは、この料理道具を・・・・レイさん。最近お料理に興味があるって言ってたから・・・」

「・・・あっ、ありがとう・・・」

「えっ、ううん。いいの。嬉しかったら、私も嬉しいから」

「はいは〜い。レイ?良い物貰ったわね〜。じゃあ、お次はアスカ?何かある?」

「無いわよ・・・・って言いたい所だけど、それだと、あまりにも可哀想だから、あげるわよ」

「アスカも素直じゃないわね〜」

「うっさいわね。でっ、私からは、これよ」

「・・・・何?・・・・」

「見ての通り。“ぬいぐるみ”よ」

「・・・・どうやって使うの?・・・・」

「どうやってって・・・・寝る時一緒に寝るとか・・・・・」

「それは、アスカでしょ?」

「ばっ、私がそんな事してる訳無いじゃないの!」

「あれ〜。そうだった〜?ゴメンね〜。今日朝見た時のあれは、錯覚だったのか。いや〜。私も幻覚を見るようになったか〜。まいったわね〜」

「なっ。勝手に人の寝顔見てるんじゃないわよ!!」

「はいは〜い。アスカの意外に可愛い一面を見れた所で、最後に、シンちゃんからよ」

「フン。一体、シンジは何買って来たのよ。どうせ、ろくでも無い物でしょ?」


ろくでも無い物と言いつつ、結構興味津々のアスカ。シンジの手に持たれる不可解な大きさの箱。
不可解と言っても、別に特別大きいとか、変な形をしている訳ではない。
ただ、その大きさが、微妙なのだ。綺麗に包装されているから、中身は見えないが、自分の予想通りなら、あの中身は・・・

「あっ、あのさ。綾波。これ、僕からの誕生日プレゼント」

「・・・あっ、ありがと・・・」

「あっ、うん。店員さんに聞いたらさ、女の子のプレゼントだったら、これが一番って言ったやつにしたんだ」

「・・・開けてもいいの?・・・」

「うん」

細い指で、丁寧に包装をはがしていく。中から出てきたのは、手の平に収まるほどの小さな箱。
ちょうど真ん中から、開けれるようになっており、レイの指がそこを押した。

箱が綺麗に中のスプリングの力で、真っ二つに割れた。
瞬間、レイとシンジ。そして、多分そんな物じゃないかと思っていたアスカを除いた全員が石化した。

「・・・これは、何?・・・」

「えっ。あの“エンゲージリング”って言うらしいんだけど、そういう名前の指輪みたい」

「・・・そう・・・」

箱の真ん中に光る指輪をそっと持ち上げる。“指輪”聞いた事がある・・・・指にはめる装飾品。左手の薬指にはめた。
一般的に見れば、この意味がどう言った意味を持つかはすぐに分かるのだが、レイには分かっていない。
薬指にはめたのも、あくまで偶然だった。

薬指にはめ終え、光に翳すと、僅かに光る。その全体像を客観的に見ていたアスカは、
これから起こるであろう一騒動を予想し、カップに注がれたジュースを飲んでいた。

そこへ、いち早く石化から逃れたミサトが恐る、恐る、口を開いた。

「・・・・ねぇ、シンちゃん。“エンゲージリング”ってどういう意味を持ってるか知ってる?」

「へっ?」

「シンジ君。“エンゲージリング”って言うのは、主に“恋人などに結婚を申し出る時に送る指輪”なのよ」

「へ〜、そうなんですか。さすがリツコさん。物知りですね〜」

何時もは沈着冷静なリツコの動揺した様子にも気付かず、シンジは納得した。
沈黙・・・・・どうも引っかかる。恋人?結婚?申し出る?・・・・・・

「!?」

気付いた。ようやく自分が起こした出来事の全てを悟る。自分がそのつもりでなくても、送った物によって全てそう言う事になっている。
結婚を申し出る・・・・つまり、プロポーズだ。中学生でそんな物をする筈が無いが、送った指輪の意味は少なくともそういう意味らしい。

僕が、綾波に!?・・・・・

赤面。今まで散々ミサトさんやアスカにからかわれて赤面してきた顔だけど、今日ほど顔中が熱いと感じた日は無い。

「あっ、いや、別にそういう意味じゃなくって。店の人が・・・・」

「いや〜、シンジ君やるな〜。まさか、中学生でプロポーズとは。いくら俺でも出来ないよ」

「そうね〜。良かったわね〜?レイ?」

ミサトが笑顔でレイの方を振り返った。話の内容が掴めない。キョトンとしていた綾波は、ただ、小さく頷いていた。

「ほら。レイも良いってさ。やったわね〜。シンちゃん」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。ミサトさん!?」

「あっ、レイが指輪左の中指にしてる。やったわね〜。シンちゃん」

「ちょっ、綾波!?」

「シンジ。あんたからのプロポーズなんだから、ちゃんと責任取んなさいよ」

「そっ、そんな。アスカまで・・・・・」


小一時間ほど、そうして碇君は皆からからかわれてたりしていた。私は、碇君から渡された“指輪”と言う物を見ていた。
何か飾り付けがある訳ではない。ただ銀色に僅かに文字が彫られているだけだ。何処か碇君らしいと思った。
ただの金属・・・・・そう見えない事も無かった。事実そうだから。でも、何処かそれを指にしていると心が温かかった。

それから、1時間ほど、さらにパーティーが進んでいった。
何故かアルコールを摂取してしまった私たち中学生の皆と葛城三佐のペースに付き合っていた大人の二人は、部屋の中で寝ていた。

私は、まだ起きていて、ベランダに出て風に当っていた。心地好い・・・・

「・・・・・ど〜お?気分は良い?」

「・・・・・悪くありません・・・・」

「そう。良かったわね〜。レイ。こうやって、皆から祝ってもらえて」

「・・・はい・・・」

「ねえ、レイ?ここに来る前に聞いた、答え・・・・・出た?・・・・」

「・・・・・分かりません・・・・・」

「そっか」

「・・・・・でも・・・・・」

「ん?何?」

「・・・・・碇君と・・・・・一緒にいると、心が不思議な感覚になります・・・・・」

「そっか」

「・・・・はい・・・・」

「レイ?その不思議な感覚は、貴方だけの物。その感覚が何であるかは、いずれ気付くわ。それまで、その気持ちを大切にしなさい」

「・・・・はい・・・・」

「さっ、もう皆寝てるわよ。貴方も寝なさい。まあ、今日は、ここで皆雑魚寝ね」

笑顔。軽い感じの笑顔。でも、落ち着く。碇君とは、また別の笑顔。部屋の中に戻る。
ヒト・・・・皆違うヒト。他人。永久に分かり合う事の出来ないヒト・・・・それでも、こうして同じ時間を共有し、笑いあう事の出来るヒト・・・・・

(・・・・・・・暖かい・・・・・・)

そう感じる。何故そう感じるのか分からない。ただ、今、こうした時間を共有できた事に、何故か暖かいと感じる。
足許が少しふらつく。慣れないアルコールを摂取したからだ。すぐに分かった。
眠気・・・・恐らくアルコールが脳に回って来たのであろう。
私は、そのまま床に寝転ぶと、夢の中に落ちていった。











全ての事は、予め“そうなるよう”に定められた物


私は、予め“そうなるよう”に定められた存在


ヒトではない存在。この世の物ではない存在


“約束の日”が来れば、消えてしまう存在


虚無の空間へと還り着く存在


でも


私は望みたい


望み信じること それはヒトの証


ひとの願い 私の望み


碇くんを守りたいと思った


碇くんを見たいと思った


碇くんに見て欲しいと思った


それは、私だけの願い。私だけの想い


“約束の日”が来ても私は望みたい


碇君と他の大勢のヒト達と居る、この空間に居ることを


そう


それは私だけの願い



〜fin〜



翌日の朝。他人の世話をしていたシンジと、寝るのが遅かったレイを差し置き、既に全員が起床。
目にしたのは、幸せそうに頭を寄せ合い寄り添いあって眠る二人の姿であった。

「まったく、幸せそうに眠っちゃってさ。ホント」

「まったくやで。こっちが恥ずかしくなるわ」

「あっ、そうだ」

良い考えが思いついたとばかりに指を鳴らしたアスカは自室へと駆け込み、一本のリボンを持ってくる。

「アスカ?それで何する気?」

「ふっふ〜ん。まあ、見てなさいって。こうして、こうして・・・・うん。上出来。相田。撮影よ」

「よっしゃ。任せとけ」


ケンスケのシャッターが一度落とされた。
今日は、デジカメだけでなく、旧時代の、ポラロイドカメラと言われる、撮ったら、その場で写真が出てくるものも持って来たので、それで映し出す。

「どれどれ〜。へ〜。よく撮れてるじゃない」

「当ったり前だろ?俺の腕を見損なってもらっちゃ困るよ」

「でも、ホント幸せそうね〜。なんか落ち着くって言うかさぁ」

「ああ、こりゃ、冗談抜きにお似合いのカップルかもな」

「じゃあ、そんなお似合いのカップルは、もう少し寝せといてあげましょっか」

「これからどうするの?」

「う〜ん、そうね〜。今日は、正真正銘の休日だから・・・・隣の部屋で、ゲームでもしましょっか。この二人が起きるまで」

「まっ、暇だし。それもいっか」

「じゃあ、皆。二人を起こさないように移動開始」


ミサトの言葉と共に、二人を残した部屋から一斉に退避を始める。
残された二人の部屋。柔らかな光がカーテンを通して差し込み、淡く二人を照らしていた。

淡い朝方の光と、僅かに揺れるカーテンの隙間からの風が二人を優しく包み込み、二人の膝元に写真が舞い降りた。
淡い少し昔の風潮を残す一枚の写真には、仲の良い二人が頭を寄せ合い眠っている姿。
その二人の寄せ合った体を一周し、真ん中で小さくリボンを結ばれた二人の姿が有った。


〜fin〜

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