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昔ばなし
at 2001 05/30 01:12

        昔むかし、あるところにお爺さんとお婆さんと
        もうひとりお婆さんとかがいました。
        お婆さんは4人くらいいました。

        お爺さんは山へしばかれに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。
        お爺さんはしばかれました。 渋谷系のひととかに。
        「おじぃー、おじぃー」と言われました。 すごく言われましたよ。

        お婆さんは川・・・川と言っても俗に言ういわゆる「小川」じゃなく、
        かなりの川、川と言うかもう、「河」なんですが・・・に到着して
        さて洗濯をしようか、洗濯でもしてやりますか、と思ったところで、
        洗濯物を家(家と言ってもまー、小屋みたいなもんなんですけどね)に
        忘れてきたことに気付きました。

        困ったお婆さんは、河の前に立ちすくみ、さてどうしたものかと
        途方に暮れました。
        なんだかんだいったりしました。 
        そして今までの自分の愚かさ、はかなくもささやかに美しかった青春時代
        などについて、反省したり、ニヤリとしたりしました。
        反省とニヤリを交互に、いや反省1に対してニヤリ3くらいのペースで
        それを8セットやりました。
        「うむ、なかなかいいペース配分だ。 呼吸も乱れてない。」
        と、コーチは言いました。 そして笛を吹きました。

        そうこうしているうちに日はすっかり西に沈み、長く厳しい夜がやってきました。
        砂漠は暑いという印象がありますが、夜になると気温は氷点下まで
        下がってしまうのです。
        お婆さんの手元にある食料は、チョコレート2粒とビスケット200枚でした。
        家から河に来る道中で、チョコレートばっかり食べてしまったので
        こんなアンバランスなことになってしまったのです。

        こんなことならチョコレートとビスケットを交互に食べるべきだったと
        お婆さんは深い後悔の念にかられ、遺憾の意を表明しました。 国会で。

        一方そのころお爺さんはというと、お婆さんがいないのをいいことに、
        いつもよりちょっと贅沢なディナーを楽しみました。
        リンゴとかはつまようじに刺して食べたりしました。
        まさかお婆さんがあんなことになっているとは知らずに・・・

        さてここで、お爺さんとお婆さんについて、少し説明しておかなくては
        ならないでしょう。
        お爺さん、お婆さんと言ってもそれは名ばかりで、
        ふたりには子供も無く、当然孫もいないので、本当の意味での
        お爺さんお婆さんではなかったのです。
        見た目がお爺さんやお婆さんぽいというだけで、そして年が80歳というだけで
        まわりからは「お爺さん、お婆さん」と言われていました。
        皮肉な話ですね。

        でもふたりは文句ひとつ言わず、それを受け入れました。
        受け入れ体制万全でした。
        お爺さんは「よし来い!」と言ったりしました。
        お婆さんは「私はよし子なんて名前じゃないですよ、お爺さん」と言い、
        お爺さんを疑いの眼差しで見つめました。

        その瞳があまりにも透明で、平坦だったので、お爺さんは自分の全てが
        この女に見透かされているような気がして、
        いてもたってもいられなくなりました。

        スクッと立ち上がり、お婆さんが何かをいわんとしているところを
        唇でふさぎました。
        お婆さんの唇を奪取したお爺さんは、「くちびるダッシュ」と
        独り言にように言いました。
        それはお婆さんには聞こえていませんでした。
        お婆さんの耳にはもうなにも届きませんでした。
        それは年だからとか、そういうことじゃなく、自らの心臓の鼓動が
        熱いビートを刻んでいたからです。

        それはあたかも、高校時代に気の合う仲間同士がなんとなく集まって、
        なんとなく「バンドでもやってみない?」と言い出し、
        特に断わる理由も無かった他2名が「OK」と言い、しかしどうしても
        ギターだけが見つからず、困っているところに、ドラムのケンが
        「3組の竹中がギター弾けるって噂だぜ」という情報を仕入れたが、
        竹中は町でも有名な札付きのワルで、ヤクザとも繋がっているという噂が。
        でもどうしてもバンドをやりたいヴォーカルのジュンは、
        「よし、俺が交渉してみるよ」と勢いよく教室を飛び出して3組の竹中の
        ところへ向かった。
        竹中は「あァン!? バンド!? ギター!?」とジュンを睨みつけた。
        いまにもケンカが始まりそうだった。
        まわりには野次馬達が集まり、「ジュンだ、いや竹中だ、
        俺は竹中に1000円だ」、などと言い始めた。
        「弁当いかぁっすかーー」という弁当売りまで現れる始末。

        一触即発の3組の教室。 ・・・とそこへ、
        「やめなさいよ! ふたりともっ!」

        そこに立っていたのは2組のカオリだった。
        カオリは早くに母親を亡くし、酒乱でギャンブル好きの父親の暴力に
        耐えながらも、幼い3人の弟たちの母親代わりとなり、
        それでもなおかつ成績も優秀、生徒会の副会長と女子陸上部キャプテンという
        2足のわらじをもこなす学園のアイドル的存在、のように見える風貌を
        していたが、実際は普通の、なんのことはないただの女だった。 
        オール3だった。

        「ケンカなんかじゃなく、コレで決めなさいYO!」
        と言うカオリが手にしていたのは、アサガオの種だった。
        「このアサガオの種を早く育てて先に花を咲かせたほうが勝ちってのはどう?」

        このカオリの提案は国会で棄却され、内閣指示率も10%に下がった。
        株も大暴落し、モーニング娘。も解散した。

        なんだかんだの末、竹中がギターに加わり、さらにカオリがキーボードを
        担当することになり、伝説のバンド『クイックルワイパー』が結成された。

        ライヴハウスや路上で地道に活動を続けて、それがなんとかレコード会社の
        目にとまり、本格的なプロデビュー。
        バンド結成8年目の夏だった。
        さぁこれからという時、キーボードのカオリの妊娠が発覚。
        ベースのタモツとの子だった。
        カオリに想いを寄せていたヴォーカルのジュンは、デビューシングル発売の
        前日の夜に首を吊って自殺。
        デビューは取り止めとなった。

        ドラムのケンは親の印刷屋を継ぎ、タモツはカオリと子供を養うために
        パチプロになった。
        竹中はニューハーフとなり、バーを経営。 そこそこ儲かっていた。
        そんな日々が続き、何年か経ったころ、カオリとタモツの間に不穏な空気が・・・
        ふたりの子供はどう見てもタモツには似ていなかった。
        タモツよりもジュンに似ていたのだ。
        数年前、スクラップ工場で首を吊って死んだあのジュンに。
        血液型も、カオリとタモツの間ではあり得ない型だった。

        もしかして・・・
        確かに当時、カオリはタモツ以外にジュンとも関係を持っていた。
        ジュンだけじゃなく、ケンとも竹中とも、マネージャーの藤原とも。

        タモツにはもうなにがなんだかわからなくなっていた。
        これを書いている多摩川ぷう太にもなにがなんだかわからなかった。
        タモツとカオリは離婚した。

        それから15年が経ち、子供(シュウ)は20歳になった。
        カオリ達は45歳になっていた。

        シュウの20歳の誕生日、バンドのメンバーが久しぶりに集まった。
        町の小さなスナックを借り切って、ささやかなプチコンサートを
        開くことにしたのだ。
        これを提案したのはシュウだった。

        全てのほとぼりはさめていた。
        やっとみんなが笑顔で顔を合わせられる時期になったのだ。
        15年。 
        長いようで・・・短いようで・・・

        ヴォーカルにはシュウが立った。
        演奏するのは、デビューシングルになるはずだったあの曲・・・
        『ミラクル音頭』。

        ケンがスティックでカウントする。
        「ワーン・トゥー・スリー・ィヤォウッ!」

        ツッツターン・ツクツクターン・ツッツッターン・ツクツクターン・・・
 
 

        ・・・というときくらいの熱いビートでした。 そのときのお婆さんの心臓は。
        それはそれは熱い夜でした。

        さて、そんなお婆さんだったわけですが、今はそれどころじゃなく、
        残り2粒となったチョコレートと、200枚のビスケットを
        どうやって有効利用しようかと考えあぐねていました。
        そして出した結論は、「チョコをビスケットでサンドしてみよう」
        ということでした。
        ナーイス、グーアイディーア。

        ビスケットのほのかな塩っ気とチョコのこおばしい甘さが渾然一体となって
        まろやかなハーモニーを奏でていました。
        まったりとしていて、それでいてしつこくなく。
        まるでドナウ河の細波にようでもありました。

        それはそれはたいそう美味しかったそうですよ。

        めでたしめでたし。



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