2001/12/15 プロジェクト猪第25回勉強会


「世界が変わった日」が解らぬ小泉内閣                      竹内文則講演レジメより


戦争が変わる
対米同時多発テロが起こった2001年9月11日、世界が変わった。三つある。
第一は、戦争の仕方である。17世紀ホップスは、著書リヴァイアサンで「万人の万人に対する戦争」を原点に、国家と国民との契約に基づく安全保障の概念を導入した。それにより、国家を基本単位とする政治が確立し、軍事力を限りなく前面に出す政治が戦争となつた。
1648年、ドイツ30年戦争を終結させるウエストファリア条約締結後350年間、まさに戦争は国家が行うものとなつた。戦争するには、巨額の金がいる。日々進化する武器、軍事システムなど軍隊を作る金、兵隊を養うお金、国家単位の経済力がなければ戦争は続けられないからだ。以後、帝国主義、冷戦時代を通して、国対国の戦争は続くが、次第に強大国が弱小国を服従させる体制が出来上がり、1990年代、ついに覇権国米国の一極支配の下に世界が統一されたかにみえた。
ところが歴史は皮肉だ。巨大化した覇権国家の指揮系統が複雑化、多層化する一方、覇権国自らが世界に提供したIT、グローバルシステムを悪用したテロが、覇権国家中枢機態を瞬時にマヒさせる状況を作ってしまった。ブッシュ大統領は、9月11日を境に、ビンラディン=アルカイダグループとそれを温存するタリバンとの国対非国家組織戦争、すなわち21世紀型戦争を宣言した。国対国の戦争では、戦争か平和の二者択一なので、はっきりしている。国対非国家、地域社会武力紛争(桜美林大学、加藤朗教授命名)の湯合、敵自体が解らず、テロを常に警戒し、戦争でもない平和でもない状態がエンドレスに続く。この状況は、人間の心理、行動に多大な影響を与える結果、経済・社会活動に従来と全く違う計り知れないインパクトをもたらす。だから世界は変わる。

経済が変わる
第二は、経済学一辺倒から、政治経済学の時代に変わる。 効率重視オンリーの経済システムは成り立たなくなる。20世紀最後の出半世紀、世界全体は一つに結ばれ、徹底した効率、スピードを追求する経済社会を作り上げた。
つまり@1980年代前半、レーガン、サッチャーの新・古典派経済政策による「小さな政府」の実現、A1980年代通して世界主要国の外為完全自由化がなされ、グローバルキャピタライゼーションが浸透することで、自由にお金が世界を駆け巡る世界システムの横築、B1990年代、IT革命により時間と距離の壁が破られ、収穫逓増も可能な夢の社会実現、である。ところが、それを完全に達成する前提として@物流、商流、人流が全く滞ることがない、Aオープンでリスク管理がなされた安定した金融資本市湯、すなわち安全コストが限りなくゼロに近い経済状況の存在が不可欠である。直近の効率化至上主義は、まさにタイトロープの中でたまたま短期間実現出来たにすぎない。
ワールドトレードセンタービル崩壊は、ものの見事にその幻想を叩きつぶしてしまった。安全、リスクに対するコスト概念が根本から変わるので、小さな政府、グローバル化一辺倒はもはや幻となつた。 安全コストを折り込んだ「必要で十分な政府」そしてローカリゼーションも十分考慮に入れるシステム再設計が不可欠になつた。効率重視のみの経済学の範疇を超え、新しい政治経済学が必要になつた。

パクスアメリカーナが変わる
第三は、バタスアメリカーナの危機である。
歴史の潮流という大きな時間軸で考えた時、米国消費主導型世界経済体制が、その終焉を迎えたのかもしれない。
それは、1920年代にさかのぼる。一家に1台丁型フォードを持ち、郊外に大きな家を構え、1週間分の肉や食料を有り余るほど買い込んで大型冷蔵庫に貯える。人類の歴史の中で、夢でしかなかった一般大衆が、豊かな消費生活をエンジョイするアメリカンドリームを実現したその時、世界覇権は、一部貴族、産業資本が牛耳るパクスブリタニカから、米国に移った。以後、1971年、金=ドル交換停止によるドル本位制の実現が、米国覇権をより強固にした。米国が貯蓄以上に消費することで、アジアを筆頭に世界の他地域を潤わせる一方、米国に世界の投資資金を集めて自国の赤字ファイナンスするという二重体制が、ものの見事に出来上がつた。
ところが、この体制は、旨く廻れば廻るほど米国に対外債務を累増させるというツケを残す。2000年末の米国対外債務は、1.8兆ドルとGDPの2割に達し、もはやシステムの限界を超えた。まさにその時、シンボリックな新型戦争が勃発した。「パールハーバー」から太平洋戦争が起こった時、米国貯蓄率が約2年間20%までハネ上がって高止まり、米国消費を抑制することで米国は戦時経済体制をバランスさせた。1年前のマイナス貯蓄率が、現在既に5%を超え、なお上昇の気配を漂わせている。ブッシュ大統領の「永く続く戦い」が事実だとすれば、米国の経済バランス是正は構造的なものとなる。
キーカレンシーを持つ覇権国の対外債務是正へのビへイビアは、それによって貿易立国してきた世界各国経済に壊滅的な打撃を与える。加えて、ドルへの信頼が揺らいで国際通貨、金融不安も増嵩する。 世界の組立工場の地位を築いた中国を除けば、対米貿易依存度の高いアジア経済は、97年のアジア危機をはるかにしのぐ破局を迎えるかもしれない。

世界の激変が解らぬ小泉内閣
問題は三つの局面で激変した世界を、わが小泉内閣はしっかり認織し、きっちり対応し始めているのか。以下三点を考慮すれば、答えは完全にNOだ。
第一は、世界の安全保障の潮流に対し、日本としての大局観が全くない。 自衛隊後方支援の新法を立法し、一見世界的動きに即応したかにみえる。覇権国米国が、建国以来持ち続けてきた内向き独歩主義(ユニラテラリズム)を止め、多国間協調(マルチラテラリズム)に変化した方向性にマッチしているようにみえるからだ。
しかし、21世紀型戦争は、友好国家間の安全保障面での協力だけで防げるはずはない。環境、人権、医療、教育など反グローバリズム勢力をも包含した人類全体へのアプローチがなければ、この新型戦争はいつまでたっても終わらない。ましてや、国会論戦から浮かび上がってきた政府の思惑は、ひたすら憲法問題に触れずに、「湾岸戦争のトラウマ」を除去するだけが狙いだったのだから、もはやこの内閣に多くを期待しない方がよい。

哲学なきビジョンレス内閣
第二は、この内閣には、「聖域なき改革」後の目指すビジョン、哲学が全くないことだ。政権発足からはや半年経つのに、相変わらずスローガンを掲げるだけで、どのような社会を目指すのか皆目見えない。敢えて類推するならば、90年代以降これまで米国が発信してきた価値、原理を普遍概念と信じ、市場原理、小さな政府を追求することか。もしそうだとするなら、もはや何を況やだ。「骨太の方針」から「改革工程表」、そして今度は「改革プログラム」にとラベルをはりかえるだけで米国型スタンダードを追い続けるこの内閣には、「必要で十分な政府」、ローカリゼーションという全く違う概念追求など露ほどもないだろう。 このような内閣を国民が未だ7割も支持するのだから日本に明日はない。

Show the flag 真の意味
第三は、今すぐ出来る世界貫献を全く考えもしないことだ。 パクスアメリカーナ崩壊は、まさに世界経済全体の破局であり、世界恐慌である。それを未然に防げる国は、世界の貯蓄の三分の一をもつ日本しかない。
ブッシュ大統領以下米国のオピニオンリーダー達が言い続けていた「Show the flag」の真の狙いは、自衛隊後方支援ではなく、日本経済・金融の即時立て直しである。それによって「世界経済破局の防波堤になつてくれ。それが出来るのは日本しかいないんだよ!」と叫んでいるのだ。
なのに、政策の優先順位が解らぬ首相は、もはや議論する価値もない国債発行枠にこだわり、公的部門改革に固執するだけだ。

おわりに
殆ど可能性はないが、万が一、日本経済再生の突破口たる不良債権処理即時断行を決断したら、小泉首相は後世に名を残す名宰相となるだろう。
何故ならそれによって、一時的に経済破綻、失業者が増嵩しても、将来的には日本経済再生の基盤を整えられる上に、経営責任追及による総括がなされることで、日本経済社会を覆い続けているモラルハザードが解消される。そのような状況が確約されるなら、閉塞状況からの脱却を切に願う賢明な国民は、巨額の国民負担に応じる決意をするはずだ。
更に世界の市場が永年の懸案解消によって日本経済の蘇生を予感するので、現在行き場のない世界の投資資金が東京市場に大挙流入する。それが、意外に破綻処理の傷を癒すことにつながるかもしれない。 いずれにしても、小泉首相は、世界経済崩壊を食い止めた宰相として世界的評価を高めるはずだ。
以上のシナリオは今の政治状況を考えれば、夢物語にすぎない。しかし7割の支持を持つ小泉首相が決断すれば実現できるのだ。
今この時ほど、日本のリーダーに、哲学、慧(けい)眼、胆力がないことが悔やまれてならない。