微笑みながら歩く
式典だか総会だかの為に体育館が使えなくなった休日、どこかと練習試合を組んでもいいけど、たまには休みにするのもいいだろうと、カントクが完全休養を言い渡した。
大喜びする部員たちの歓声の中、隣で汗を拭っている黒子にこっそりと誘いをかけたのが木曜日。嬉しそうに微笑んで頷いた顔を思い出し、緩みそうになる頬を引き締めつつ、植え込みのブロックに腰を下ろして黒子を待つ。
「お待たせしました。」
待ち合わせは駅前。時間通りに現れた黒子に、おう、と返して立ち上がる。
「で、どうする? どっか行きてぇとこあるか?」
行き先は特に決めていない。図書館だけはパスな、と言うと、解ってますよとくすくす笑われる。
「でも、これと言って、特に思いつかなくて…」
「じゃあ…適当にぶらついて、面白そうなとこあったら寄るか。」
「はい。」
行き先なんかどこでもいい、とにかく、一日一緒に過ごせればそれで、と言う思いは、互いに同じであったようで。
とりあえず、いつもの街並から離れてみようと、ふたりはちょうどやって来た電車に乗り込んだ。
気分に任せて降りた駅。多くの人でごった返す街を、店先を冷やかしながら歩く。
アクセサリーを眺めたり、互いのシャツを選んだり。昼にはやっぱりマジバで向かい合って、特別なことなど何もないデートだけれど、黒子の瞳が楽しそうに笑みを象るから、そんな黒子を見て、火神も口角を緩め瞳を眇める。
が。
「あっれー? 火神と黒子じゃん。」
「げっ!」
「センパイ方…」
ゲームに負け、口を尖らせる黒子の髪をくしゃくしゃにしながら表に出たところでかけられた声に、思い切り顔を引き攣らせた。
適当に降り立った街の、しかもこれだけの人がいる中で、何故見知った顔に会うのか。あちらも驚いた顔をしていたものの、すぐにそれをニヤニヤとした笑みに変えてこちらへ歩んで来る。
「奇遇だなぁ。デートかぁ?」
「や、あの…」
水戸部だけがおろおろと止めようとしてくれているものの、揶揄う気満々と言った三人にジリジリと後退る。
「あっ! 逃げた!」
「し、失礼します。」
黒子の手を掴んで踵を返した背中に、逃げるなとの声が飛んで来たが、逃げらいでか。
ここで捕まったら、面白がった彼らにどれだけ揶揄われるか解ったものじゃない、と。腕を引かれながらも律儀に挨拶する黒子を連れて、火神は人波を縫って駆け抜けた。
「か、がみ、くんっ! 待っ…待って、ください…っ!」
「あ、悪い。」
苦しそうな声にはたと足を止めれば、半ば引き摺られる勢いだった黒子はぜいぜいと息を吐いていて。公園の木陰に座らせると、火神は冷えたジュースを差し出す。
「そういやここ、どの辺だ?」
「随分走りましたからね…」
半分ほどを一息に飲み干し落ち着いたらしい黒子にほっとして、そうして改めて辺りを見回す。
とにかく捕まるまいとだけ考えて走った所為か、ここが一体どの辺りなのか良く解らない。あれほどいた人の姿は随分と減り、建物もマンションばかりが目立つ。
「…とりあえず、歩いてみませんか?」
戻ろうにも、どこをどう通って来たかも良く覚えていないし、また先輩たちに会ってしまったらと考えていたら、黒子がそう提案し立ち上がって。
「未開の地じゃありませんから、歩いていればどこかに出ますよ。」
らしいと言えばらしいと思えるその言い草にぷっと笑って、それじゃあ行くかと歩き出した。
川沿いの道をゆっくりと歩く。時折出逢う猫を構いながらのんびりと。人通りが少ないのを良いことに手を握れば、黒子も嬉しそうに笑んで握り返してくれる。
賑やかな街中のデートもいいが、こういうのも悪くない。
「明日は特別メニューかもしれませんね。」
「思い出させんな…」
逃げたことへの意趣晴らしを思えば、気が重くなるけれど。
「まあ、死にはしませんよ。」
「フォローになってねぇ。」
日が暮れるまで、ふたりは笑い合いながらゆったりとした時間を楽しんだ。