道
気が付くと、大きな樹の根元に蹲っていた。葉の落ちた枝を見上げ、何故こんなところにいるのだろうと考える。確か自分は、友人たちと共に歩いていたはずだ。そうして「あぁ」と頷いて、黒子はひとつ息を吐く。
初めは皆と共に歩いていた。けれどどんどん早くなる彼らの歩みに付いて行けなくなって、歩むことすら辛くなって。黒子は彼らが見向きもせず通り過ぎた小道へと足を向けたのだった。
それは細く険しい道だった。ひとりで歩くには険し過ぎる道だった。
それでも、引き返そうとは思わない。この険しい道を歩むと決めたのは自分なのだから。もう、彼らと同じ道を歩もうとは思わない。黒子は立ち上がり土を払う。
と。ガサッと音を立て、前方の茂みが揺れる。現れたのは赤味がかった毛に黒い縞模様の、若い虎。その深紅の瞳が鋭く黒子を見据える。
恐怖感は微塵もなかった。ただ、綺麗だと思った。ふいと背を向け歩き出した虎の後を追うように、黒子もまた歩き出す。
木の根に躓いては転び、足を滑らせては転んだ。それでも黒子は足を進める。
「っ! 痛…」
幾度目かも知れぬ転倒。どうやらとうとう足を挫いてしまったようだ。立ち上がろうとすると、鋭い痛みが走る。
その時。
「え…」
目の前に差し出された尾。黒子を無視して歩いていたはずの虎が、まるで手を差し伸べるように尾を揺らしている。掴まれと言っているかのごとく。
「ありがとうございます。」
その尾に掴まり立ち上がると虎は再び歩き出す。が、その歩みは先程より格段に遅い。黒子の横に並びペースを合わせて歩き、黒子が時折痛みにふらつけば、その逞しい体躯で支えてくれる。
ひとりで歩むには険し過ぎる道。だが、虎と共に歩むそこは、まるでなだらかな道であるかのよう。
進む先に見え始めた一筋の光を虎と共に目指す。
次第に大きくなったそれはやがて、黒子と虎を包み込んだ。
「………夢…」
眩しさに閉じた瞼を開いたら、天井の木目が見えた。
それが自室の見慣れた天井であることを認識した黒子は、ぼんやりとしたまま身を起こす。
もそもそと着替え、軽い朝食を摂って家を出れば冷たい空気が肌を刺すが、それでも黒子はぼんやりとしたまま。
白く開けたその先には、一体どんな景色が待っていたのだろう。電車の窓を流れて行く景色を眺め思う。
けれど。
「明けましておめでとうございます。」
「おう。今年もヨロシク。」
駅の出口で待っていてくれた目立つ赤い髪を見た瞬間、考えるのを止めた。挨拶を交わし、並んで歩き出す。
そこに何があったかなんて、考える必要はない。近い未来、必ず目にすることになるのだから。
この、虎のような男と共にこの道を歩き続けて行けば——。