伝えたい言葉

 

 

 

 

 

 

 

 スニーカーを履いて玄関戸に手を伸ばしたら、指先が届く寸前、ガラリと開いた。

 こういった場合、扉の向こうの相手が自分に気づくことはまずない。す、と端へ避けて声をかける。

「お疲れ様です。」

「おー…ぉおっ?!」

 汗だくで戻って来た火神もまた然り。無意識ながら返事をした後、一拍遅れて派手に驚いた。いきなり出てくんなと頭をギリギリ鷲掴まれる。

「どっか行くのか?」

「えぇ、ちょっとコンビニへ。」

「んだよ。言っとけば良かったじゃねぇか。」

 ついでに買って来てやったのに、と言ってくれるのには、ありがとうございますと礼を述べて。

「そんなところに引っくり返ってないで、お風呂と食事を済ませてください。」

 上がり框に大の字で転がる火神にそう言うと、 黒子は火神が今まで走っていたであろう海岸沿いを、コンビニへ向かってゆったりと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 コンビニで小さなケーキを買って、再び潮風に吹かれながら宿への道を辿る。

 偶然にも、秀徳の常宿であった今回の宿。緑間に会ったことでふと思い出した。

『獅子座だよ。』

 試合中、突然訊ねられ、訳が解らないながらも律儀に答えていた火神。獅子座とは八月辺りが誕生日ではなかったかと思い訊ねたところ、それからたった三日後の今日が正にその日。日にちに余裕がないどころか、合宿中ではプレゼントを選ぶ時間すらない。

 帰ってから改めて祝うにしても、当日何もできないと言うのも淋しいし、この日にこそ伝えたい言葉もある。

 故に、コンビニケーキでではあるけれど、お祝いをしようと考えたのだ。

 

 それにしても、火神の誕生日が七月三十一日だとは。何だか可笑しくてふふっと笑う。

 自分の誕生日とはきっちり半年違い。

 その妙に、黒子は緩く口角を吊り上げるのだった。

 

 

 

 

 

「もう食べ終わったんですか?」

「おう。ちょうどいいや、練習付き合えよ。」

 宿の駐車場まで戻ったところで思わず息を吐く。

 そう遠くもないコンビニまで行き、ちょっと買物をして帰って来るのに、大して時間はかからない。しかしその短い間に、火神は食事を済ませてしまったらしい。食べるのも練習の内、と、毎食毎食相当な量が用意されており、皆ノルマを消化するのにかなりの時間を要すると言うのに。日々、目にしているとは言え、彼の大食漢っぷりには改めて呆れる。

 が、そんな底なし胃袋ならば、このケーキをも腹に収めるくらい容易いだろう。午後触れなかった分ボールを操って、漸く気が済んだらしい火神にケーキを差し出す。

「誕生日、ありがとうございます。」

「サンキュ…って、ん? 『ありがとう』?」

「はい。『ありがとう』です。」

 民宿の駐車場でコンビニケーキを間に挟んで。何ともムードのないことだが、そんなものに拘るよりも、どうしても今日伝えたい。

「十六年前の今日、キミが生まれて。出逢うことができ、隣にいることができる今、ボクはとても幸せです。だから、ありがとうございます。」

 生まれてきてくれて——。

 微笑んで告げれば、伸ばされた腕はケーキを通り越し黒子の肩を引き寄せて。

 黒子はその心地良い場所にいられる幸せを改めて噛み締め、頬を擦り寄せるのだった。