天使のお仕事

 

 

 

 

 

 

 

 体育館の影から向こう側を覗き込んで、頭上ではぁ、と小さく吐息の溢れる音がする。

 哀しい匂いのする吐息だ。くぅんと鼻を鳴らせば大丈夫ですよと返るが、その微笑から淋しい匂いは消えない。2号は心配そうに黒子を見上げる。

 角の向こうにはこちらに背を向けた形で立つ赤い髪——火神だ。その大きな体躯に隠れて見えないが、正面には女子生徒が向き合っている様子。所謂、告白ってヤツである。

「最近、本当に多いですね…」

 火神はバカだしデリカシーに欠けるけど、性格は真っ直ぐだし、ちょっとおっかなそうな見た目に反して温かい匂いがする。それに気づく女子もいるらしく存外モテるのだけれど、ここ最近は特に多い。二学期に入って体育祭、文化祭と立て続けにあったからだ。そんなイベントやその準備過程で接点を持ち、惹かれる女子が増えているらしい。

 だがそれに比例して黒子の口から漏れる溜息も増加していて、またひとつ、零れ落ちたそれに2号は小首を傾げて黒子の顔を覗き込む。

「すみません、2号。ボク、図書室に行かないといけないのを思い出しました。」

 なので、ひとりで食べてくれますか? と頭を軽く撫でた黒子は、淋しい微笑を残し立ち去って。

 それを見送った2号は、眦を吊り上げぐるりと背後を振り返った。

 

 タタタタタ、タンッ………ドカッ!!

 

「だっ!!? って…2号ーーーーーっっ!!!」

 助走をつけて飛び上がり、広い背中を四つ足で蹴り飛ばす。

 本当は脛(実に噛みごたえがありそうだ)辺りに咬み付きたいのだが、過去に咬まれた経験からトラウマになっているらしいので、それはNGだ。が、全力助走付き飛び蹴りでも十分効いたらしい。軽くよろめいて怒鳴る火神を睨み上げ、ふんっと大きく鼻を鳴らす。

「って、ちょっと待て。テメエがここにいるってことは、黒子は…?」

 いきなり何しやがるっと歯を剥いていた火神だったが、はたと重要なことに気づいたらしい。はふ〜と息を吐いてやると、しゃがみ込んで項垂れる。

 火神と黒子は恋人同士だ。だから、本当は不安になることなんてない。火神だって黒子のことが好きだし、さっきのも含め、女子からの告白は全部ちゃんと断っている。

 好きなヤツがいるから、って——。

 それでも不安になってしまうのは、恋をしているだからだろう。正直、告白されることに火神に非はないし、断っているのだから悪くはない。けれど、フォローが足りない。故に制裁は必要なのだ。

 火神のことだって好きだけれど、黒子のことは、2号はもっと好きなのだから。あんな哀しい匂いの笑顔をさせるのは許さないのだ。

「…アイツ、どこ行くっつってた? 図書室か?」

「わんっ!」

「サンキュ。」

 がばっと顔を上げ立ち上がった火神に、早く行けとばかりに一声吠える。

 大きな手でぽんっと一撫で、走って行く後ろ姿を尻尾を振りつつ見送って。2号は木陰に蹲ると、ふう、と今度は安心して息を吐き目を閉じた。

 ふたり仲良く部活に現れる頃には、哀しい匂いも消え失せているだろうと確信しながら。