「女装はしませんよ。」
「え〜! 絶対似合うっスよー?!」
「黄瀬くん…」
「っ、スンマッセーン!!」
低めた声で冷たく名を呼べば、小さく飛び上がった黄瀬が慌てて謝罪する。
言い出したのは、やはりと言うか、小金井だった。その次の週末にはWC予選が始まるって時に遊んでるヒマがあると思うかと、クラッチタイムに入った日向は怒っていたが、もうほとんど仕上がってるし、少しくらい良いわよと、リコが乗り気になったことで開かれる運びとなったハロウィンパーティ。仮装など興味はなかったのだが、一番良かった人にはイベリコ豚カツサンドパン三大珍味のせ、と言われれば、本気にならざるを得まい。
と言う訳で、黒子は黄瀬に協力を仰いだのである。
黄瀬が連れて来てくれたのは、彼がモデルとして所属する事務所の衣装部。パーティグッズの衣装など他に使い道はないので勿体ない。なので、ここで衣装と小物を借りようと言うのだ。
本来なら、モデルでもタレントでもない自分になど貸し出されるはずもないのだが、黄瀬の友人と言うことで、特別に許可を貰った。それには感謝しているが、膨大な量の衣装の中から「これなんかどうっスか?!」と、嬉しそうに持って来たのがスカートなのはどうなのか。ぴゅんっと走って行った後ろ姿を見送り、黒子は浅く息を吐く。
「黒子っち! これ! これはどうっスか?! そんで、これを付けて…」
「…似合いませんよ。」
「そんなことないっスよー! これ! ね?! 絶対、これっス!!」
「はあ…」
手近な衣装を汚さないよう丁寧に見ていたら、どこからか一式抱えて戻って来た黄瀬にそれをぐいぐい押し付けられて。
約束の写メを撮ると、黒子は衣装を抱えて家路に就いた。
神様、堕落してしまいそうです
シャワールームで汗を流し、そのまま衣装に着替えたみんなが互いの姿を笑い合う声が響く。それが十分に遠ざかるのを待って、黒子はそっとブースから顔を出す。
みんなの前で着替えるのは、やっぱり少し恥ずかしい。誰もいないのをしっかりと確認して、それから漸くシャワーカーテンを開ける。
と。
「おい、まだ着替えてんのか?」
「っっ?!!」
借りて来た衣装に着替え、待っていてくれた2号にも小物を身に着けさせてやっていると、ガチャリと再びシャワー室のドアが開いて。現れたその姿に、黒子は大きく鼓動を跳ねさせた。
黒いハイネックのシャツに、光沢のある黒いパンツ、同じく艶やかな黒のジャケット。漆黒に身を包んだ悪魔の、その赫い瞳に魅入られて動けない。見開かれていたそれが、すう、と細められただけで、背筋が震える。
全身を黒で覆う火神に対し、黒子の身を包むのは汚れなき白。羽こそ着けていないものの、それは天使の出で立ち。頭には、輪の代わりに白い花の花冠が添えてある。
抱き寄せる腕と、頬を滑り下りて行く指先に逆らえない。与えられる甘い痺れに身を震わせる。
——あぁ…神様。
そう、頭に浮かんだのは、己の今のこの姿の所為か。
ゆっくりと近づいて来る赫い瞳をただただ見つめて。唇が触れ合う寸前、黒子は静かに瞼を下ろした。
——神様、堕落してしまいそうです。