この時期、ロードワークのコースの途中に、沢山の花が揺れている場所がある。
淡い色の花を冠する茎は細く、川を渡る風にゆらゆら揺れる様は儚く頼りなげで。どこかアイツに似ていると、横目に見ながらそんなことを考えていた。
秋桜
嵐の過ぎ去ったとある夕べ。軽いアップを済ませていつものように走り出す。
昼前まで激しく吹き荒れていた雨と風。緩やかな風にさえ揺らいでいたあの草花は根こそぎ倒れてしまっているのではないか。そう思いつつ、角を曲がる。
ところが。
台風一過の鮮やかな夕暮れの中、花はいくらか落ち着きを取り戻した風にゆらゆらと揺れていた。火神は思わず足を止め、その光景に魅入る。
強い風に簡単に折れてしまいそうだった茎はしなやかに風を受け流し、強かに天へ向け花を咲かせる。その姿は本当に、ある人物に似ている。
透明で儚げな空気を纏い、しかしながら、芯はとても強い、己の想い人に。
そこまで考えて、火神は深く項垂れ、花の側にしゃがみ込む。想い人を花に重ねるとは、我ながら随分と恥ずかしい。抱え込んだ頭をがしがしと掻き毟る。
と。
ワサワサワサ…ガサッ。
「………2号?!」
「火神くん…?」
確実に赤くなっているであろう顔の熱さを感じながら息を吐くと、群生する花が不自然に揺れる。近づくその音に顔を上げた目の前、草葉の間からずぼっと顔を出したのは、部で飼っている仔犬だ。何でこんなとこに、と叫ぶと同時、聞こえた声にぎょっとする。
仰ぎ見た先に姿を現したのは、たった今、目の前の花に準えていた想い人。驚きのあまり、はくはくと唇は動くものの、何も音にはならない。ロードワークですかと問われ、漸く声を絞り出す。
「オマエは?」
「2号の散歩です。午前中は外に出られなかったので、少し長めにと思ってこちらへ来たんですけど、火神くんのロードワークコースだったんですね。」
微笑みの隣で揺れる秋桜。儚げに見えてしなやかに強いそれは、やはり彼に似ている。
「火神くん?」
「っ! 何でもねぇっ!!」
そんなことを思いつつ見上げていたが、訝しく首を傾げる仕草に我に返って。
火神は勢い良く立ち上がると、逃げるようにその場から走り去った。
この先、秋は、彼を想わずにはいられない——。