週に三度のプール練はあるものの、学校側が始業前の体育館の使用を基本的に許可していないこともあり、それ以外の日は朝練がない。が、登校するにはまだ早い時間、黒子は本を片手に電車に揺られる。

 朝練がないからとゆっくりしていては、ラッシュに巻き込まれてしまうと言うこともある。しかしもうひとつ。それこそが朝練のない日にも早くから電車に乗り込む本当の理由だ。改札を抜けると、黒子は駅裏の通りへと向かう。

 足を止める公園。フェンスの向こうで動く人影に目を細める。

 その姿を見つけたのは、とある春の日。やはり、少し早い登校中のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダムッ…!

 

 その日、駅裏へと足を向けたことに、特に意味などなかった。良い陽気だったので、真っ直ぐ学校へ行って教室で本を読むよりも、散歩がてら回り道をするのも良いかと思ったのだ。

 この季節、花々は色とりどりに咲き誇り、人々の目を楽しませる。それらを眺めつつゆったりと歩いていた黒子の足を止めたのは、弾むボールの音。そちらへ視線を移すと、ちょうどリングへとボールが放たれるのが見える。

 ネットを潜りバウンドしたそれを、ゴール下へと走り込んで再びリングに叩き込むのは、チームメイトの火神だ。髪の先から汗を滴らせて自主練する姿に引き寄せられるようにふらふらと歩み寄り、フェンスに指を絡める。

 表情ばかりか全身から、ボールを操る指先にまで感じられる、バスケに対する思い。バスケが好きで好きで、楽しくて仕方が無い気持ちの滲み出たその姿が、酷く眩しい。眩むような眩しさに、けれど目が逸らせない。

 トクトクと、鼓動がその速度を上げて行く。

 これまでに感じたことのないその高鳴りを抱えながら、火神が公園を後にするまで、黒子はフェンスを握り締め、その姿を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、プール練のない朝には、こうしてフェンス越しに火神を見つめるのが習慣になった。

 元々影は薄いし、火神も大分慣れたようであるとは言え、意識していないとやはり気づかないらしく、驚くこともまだ少なくないので、かなり近くから見ていても気づかれることはない。

 あの日の鼓動の高鳴りは、火神のバスケに対する純粋な思いへの羨望と憧憬。憧れる気持ちは、影として傍に在る内に、彼自身へ惹かれる想いへと変わった。惹かれる心は日々加速し続けている。

 しかしそれは、あまり知られて良い想いではないから、決して声はかけず見つめる。

 がしかし。

「で? テメエはいつになったら入って来るんだよ。」

 小さく弾みながらこちらへ転がって来たボール。それを片手で拾い上げた火神が、ほんの少し苛立ちも混じったような呆れ顔で黒子を見下ろす。

「………気づいてたんですか?」

「当たり前だろ。毎日毎日、んなとこ突っ立って。入って来るかと思えば、結局そのまま学校行っちまうし。」

 一体いつから気づいていたのか。気づいていない、気づかれないと思っていたのに、火神はとっくに黒子に気づいていたらしい。そうしてフェンスの内側へ入ってくるのを待っていたと。

 身体がふわりと浮き上がるような感覚。心が歓喜しているのが解る。

「早く来いよ。んで、パス寄越せ。」

 毎日ではないですと返せば、んな細けぇことはどうでもいいと言い放った火神は早く入れと顎でしゃくって。

 緩む頬を抑えることもできないまま、黒子はフェンスの内側へと足を踏み入れた。

 

 

 

 今なら、空だって飛べるかもしれないなどと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

空も飛べるはず