極上sweets
ふんわりと漂う甘い香り。
エプロンを身に着け、自宅のキッチンに立つ恋人の背中を、火神はリビングのソファから眺める。
以前、料理の話になった時、卵焼きなら負けませんなどと、負けず嫌いな発言をしていた黒子だけれど、実は菓子を作るのは上手い。火神にしてみれば、いちいち分量を量り、混ぜ方まで指定されるだなんて、面倒臭くて仕方がないのだけれど。
同じ理由で、火神は実は調理実習も苦手だったりする。が、調理の場合、その分量通りでなくとも料理は出来る。実習はあくまで基本であり、味は自分の好むように整えて構わない。
しかし菓子の場合、レシピ通りの分量で、且つ、レシピ通りに作らないと美味しく出来ない—砂糖の量くらいは多少増減しても問題ないだろうが、最終的に自分の思っていた味とは違っている場合が多々ある。
そこが、火神が料理はするが、菓子は作らない理由だ。
だが、黒子の場合、そういった手間は嫌いではないらしい。寧ろ、分量が決められていないと、何をどの程度入れたら良いのか解らず、調整に調整を重ねる内に、にっちもさっちもいかなくなってしまうのだそうだ。なので泊まりに来た時などにはよく、調理する火神の隣でその手元を感心して見ている。
そういうところは、互いの性格の違いでもあるのだろうかなどと考えつつ、てきぱきと動く背中を、火神もやはり同じように感心し眺めるのであった。
「もう少し待ってくださいね。」
片付けを終えた黒子がソファからじっと見ていた火神に気づき、眉尻を微かに下げて笑う。
どうやら焼き上がりが待ちきれないでいると思われたらしい。確かにそれも待ち遠しいが、待ちわびているのはそれではない。火神はちょいちょいと黒子を手招く。
「火神くん?」
素直に近づいて来た小柄な身体を引き寄せ膝の上へ。身じろぐのを封じるように抱き締め、肩口に顔を埋める。
黒子自身の匂いに混じる、甘い香り。誘われるままに舌を伸ばせば、ぴくりと肩が跳ねる。
チーン!
「あ…焼けましたね。」
そのまま目の前の肌に齧りつこうと思ったのだが、オーブンに邪魔をされた。焼き上がりを知らせる音に、瞬間緩んだ腕から黒子はするりと抜け出して行く。
香ばしいカカオの香りが何だか恨めしい。拗ねた気分でソファの背に首を預け目を閉じていると、甘い香りがふと強くなる。
「冷ます間…少し時間がありますから…」
ちゅ、と軽いリップ音。見れば、目元を淡く染めた黒子が火神の膝に浅く腰を下ろしている。
恥ずかしいのか緊張しているのか、肩に添えられた指先に力が篭るのに破顔して。
極上のスイーツを心行くまで堪能すべく、まずはその唇を、火神はじっくりと味わった。