ちょこんと座った2号を前に、大きく息を吸うと、火神はゆっくりと口を開く。
が、しかし。
「テ……テ、テ…」
「…ワフ〜…」
「〜〜〜っっっ!!!」
その口から出る言葉は、何の意味も成さない。2号に呆れ顔で溜息を吐かれても言い返すこともできず、ただただ奥歯を噛み締める。
恋人の名を呼ぶ。火神が目指しているのはたったそれだけのこと。けれどその『それだけのこと』がこの上なく難しい。あの大きな瞳にじっと見つめられると緊張して照れ臭くて、たった三文字のその名を呼ぶことができないのだ。
「くっそ! もう一回だ、もう一回!」
故に、よく似た瞳の、同じ名を与えられた仔犬相手に練習。がばっと顔を上げると、面倒臭そうに首の辺りを後足で掻いている2号に、もう一度練習台になるよう申し入れる。
「テ……テ、テツ…」
「あの…」
「ぅおあっっ?!!」
そうして、座り直した2号と再び向き合ったが、すぐ隣から声をかけられて。火神は飛び上がらんばかりに肩を跳ねさせた。
「オ、マエ…ッ! いつからっ?!」
「さっきからいました。」
バクバクと音を立てる心臓を抱えて問いかけるも、黒子はいつもと変わらぬ表情でいつもと同じ返事。2号はと言えば、驚く様子もなく懐いて行っているところからして、どうやら黒子が来たことにはちゃんと気づいていて、その上で素知らぬ顔をしていたらしい。こちらに視線を投げたかと思うと、バカにした顔で大きな溜息を吐き出すその態度に、今度はギリギリと歯を食いしばる。
が。
「あの、火神くん。」
「あ? お、おう…」
そんな2号に手を伸ばす黒子の声に、はっとして視線を逸らした。2号を相手に名を呼ぶ練習。しかも上手くいかないそれを見られていたなんて、格好悪いことこの上ない。跋悪く頭を掻き毟る。
「その…無理しなくてもいいですよ…?」
「………おう…」
「ボクも、呼べませんし。」
照れちゃいますよねと苦笑った黒子は、顔を隠すように2号を抱き上げて。
「それに…火神くんの声で呼ばれることが、特別ですから。」
けれど微かに覗く耳が赤く染まっているのを認めると、火神はそっと柔らかな髪を指で梳いた。
「黒子…」
「っ、はい…」
「オレも、呼んでくれよ…」
「火神、くん…」
心地良いその響きに、あぁ確かに、とそう思う。名を呼ぶこと。それが特別な気がしていたけれど、呼び方などどうでも良いのだ。
耳に心に沁み入るその声音こそが特別。
「もっかい…」
「…火神くん。」
「もっかい。」
「っ、ボクばっかり、狡いです。」
繰り返し強請っていたが、2号の毛皮に黒子は増々深く顔を埋めてしまって。
縮こまるその肩に腕を回すと、火神は耳元に唇を寄せゆっくりと開いた。
「黒子…」
声が柔らかく優しく、愛しさを心に伝えるようにと。
貴方の声で呼ばれること、それこそが特別