祈るような願い

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 黒子見てねぇか?!」

「いや、見てねぇけど。」

「チッ!」

 廊下で遭遇したバスケ部の部員に問うも、予想はしていたけれど探し人の所在は知れず。火神は大きく舌打ちすると、再び廊下をバタバタと駆ける。

 教室、屋上、図書室、トイレ。思いつくままに探して走るが、一向にその姿は見当たらない。

 こういう時、黒子の影の薄さはとてつもなく厄介だ。頭を掻き毟り、今度は外へと足を向ける。

「監督! 黒子来てね…ないっスか?!」

「…びっくりした〜。黒子くんなら、さっきまでいたけど…」

「どこ行った?!」

 部室のドアを勢い良く開ければ、練習メニューでも話し合っていたのか、監督と主将。目を丸くしているのにも構わず問うと、黒子は入れ違いで出て行ったと言う。

「別にいていいわよって言ったんだけど、屋上にでも行くって…」

「入れ違いかよ!?」

 行き先は屋上。さっき行って来たばかりだと言うのにと叫びたくなっても仕方あるまい。けれど漸く掴んだ所在に、一刻も早く捕まえようと、乱暴にドアを閉め走り出す。

 またいなくなっていてくれるなと、階段を一段抜かしで駆け上がりながら思うは、祈るような願い。

 何故、こんなに必死に探しているのかと言うと、それは本日の朝にまで話は遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に差し出された箱と、それに繋がる震える手。赤い顔でぎゅうっと目を閉じている女子は同級生だろうか。悪いが受け取れないと断ろうとしたその矢先、緊張に震えていた彼女の耳には入らなかったようだが、パキンと小枝を踏む音が聞こえた。

 顔を上げれば、色素の薄い瞳と視線が絡み合う。ほんの僅か、痛みに歪んだそれは、次の瞬間には一切の感情を削ぎ落として逸らされた。

 邪魔してすみません、と。声には出さず、口の動きだけで告げて。

 思わず、目の前の女子を押しのけて追いかけていた。一見無表情にも見えるその瞳が、本当に全ての感情を失った瞬間を見てしまった。

 しかし、黒子が踵を返すと同時に駆け出したはずなのに、角を曲がった時には既にその姿はなく。昼休みを半分以上過ぎた今となっても、その姿を捕らえることができないでいるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「部活でもこんな走ったことねぇぞ。」

 荒い息を吐きながら、屋上のドアを押し開け辺りを見回す。

 このところ暖かい日が続いているとは言え、真冬の屋上に人影はない。けれどうっかり見落とすことがないようにと注意深く裏に回れば、果たしてそこに黒子はいた。やっと見つけたと、腕の中に抱え込み、深く安堵の息を吐く。

「今朝のことだけど…」

「………はい。」

「断るところだったんだからな。」

「…断らなかったんですか?」

「断る前にテメエ追っかけてた。」

 せめて「悪い」の一言でもかければ良かったのだろうけれど、そんな余裕などなかった。とにかく黒子を捕まえて、その瞳に色を取り戻したかった。

 今更ながら、彼女には悪いことをしたなと考えていると、腕の中から「酷い人ですね」と言われ、しょうがねぇだろと眉根を寄せる。

「オレが好きなのは、テメエなんだからよ。」

「……………はい。」

 テメエ捕まえる方が大事だったんだよと言えば、白い指先がきゅっと学ランを握り締めて。

 もう一度深く深く、火神は安堵の息を吐いた。

 

 

 

——失わずに済んで良かった。