ピンポーン…
「?」
夜ももう十時を回っていると言うのにインターフォンが来客を告げ、黄瀬は訝しげに首を傾げる。
黄瀬はマンションに一人暮らしをしている。モデルの仕事をしていることもあるし、進学を決めた海常高校へは、自宅からの通学が難しい為だ。
そこを訪ねて来るのは、月に一〜二度母親と、面倒見の良いバスケ部の主将くらい。だが、どちらにせよ、こんな時間に訪れることなどまずありはしない。
「はい…?」
一体誰だと首を捻りつつ、黄瀬は受話器を持ち上げる。
「あ、黄瀬くん。こんな時間にすみません。」
「黒子っち?!!」
そうして思わず頓狂な声を上げた。小さなモニターに映し出されたのは、中学時代の同級生。黄瀬は急いでエントランスのロックを外す。
「ど、どうしたんスか、急に。」
「何だか眠れなくて…こんな時間にすみません。」
突然の来訪を謝罪する黒子を室内に招き入れる。本を読んでも落ち着かずふらりと夜の街に出て、いつでも遊びに来てと言っていた黄瀬の言葉を思い出して電車に乗ってしまったのだと言う。
「黄瀬くん、お腹空いてませんか? お詫びに何か軽いものでも作ろうかと思ったんですけど。」
「黒子っちの手料理スか! 食べるっス!」
突然やって来た詫びにと、黒子は途中で調達して来たらしい食材の入った袋を提げていて。
返事を聞いて早速キッチンに立つ後ろ姿を、黄瀬はテーブルに頬杖をついて眺めた。
黄瀬は黒子が好きだった。
強豪と呼ばれる中学のバスケ部の中で、特殊な能力ひとつでレギュラーナンバーを勝ち取った黒子を尊敬していた。
それが特別な想いに変わることなど容易い。だから、自分の部屋のキッチンで彼が料理してくれているのを眺めるなんて、至福の時であるはずだ。
だけど。
「そういえば、火神っちとはその後、どうなんスか?」
黄瀬は知っているのだ。彼が眠れない理由を。問えば、髪の間から覘く耳がカァ…と紅く染まる。
黒子には今、黄瀬が彼を想うのと同じように想う相手がいる。そうしてその相手もまた、黒子のことを愛おしく、大切に想っている。
黒子が眠れないのはその為だ。幸せで、幸せ過ぎて眠る時間も惜しいのだろう。
「どこか遊びに行ったりしてるんスか?」
「バスケばっかりしてますよ。休みの日にもストリートコートに行って。」
「ダメっスね、火神っちはもー。気が利かないんスからー。」
「いいんですよ。ボクも楽しいですし、何より火神くんが凄く生き生きしてて。」
手は休めないまま火神のことを語る黒子の口元は柔らかな弧を描いていて、そんな黒子の微笑みを眺めながら、綺麗になったなと思う。
男に対して綺麗と言う形容はあまり使われないけれど、元から透明感のある存在であった黒子は、火神に恋をして確実に綺麗になったと思う。
恋によって綺麗になるのは、何も女の子ばかりではない。
「はい。できましたよ。」
「ありがとうっス! 美味そうっスね!」
「保障はしませんが。」
自分の為に作られたはずの料理は、けれど、自分以外を想う気持ちがいっぱいに込められていて。
その温かさにズキズキと痛む胸の裡を押し隠して、黄瀬は美味いっスよと笑みを浮かべた。
「駅まで送るっスよ。」
「大丈夫ですよ。近いですし、女性ではありませんから。」
電車がなくなる前に帰ると言う黒子をエントランスまで送る。
急に押しかけてすみませんでしたと頭を下げる彼に、手料理が食べられて得したと返せば、黒子は小さくくす、と笑う。
「それじゃ。お邪魔しました。」
「あ…黒子っち!」
「はい?」
踵を返す黒子を呼び止めてはみたものの、告げようと思った言葉は音にはならず。
「……気をつけて、帰ってくださいス。」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。おやすみなさい。」
「おやすみっス…」
駅へと向かう後ろ姿を見送って、黄瀬は小さく項垂れ息を吐き出した。
言えるはずがない。恋をしたキミを見るのは辛いから、もうここには来ないで、なんて。
それでも——。
会いたいから