影を並べて

 

 

 

 

 

 

 

 満腹になった後の授業など、とてもじゃないが聞いてなどいられない。こんな、風も穏やかで天気の良い日は、屋上で昼寝をするに限る。

 そう考えて、火神はパックのジュースを放りながら屋上へと向かう。

 と。

「…珍し…」

 そこには既に先客がいた。壁に凭れ、すうすうと寝息を立てているのは黒子だ。膝の上には読みかけの本が開いたままで、優しい風が、時折ぱらりとページを捲る。

 傍らに置かれたままの弁当箱から察するに、ここで弁当を食べ、本を読んでいる内に、陽気に誘われ眠ってしまったのだろう。目の前に腰を下ろし、気持ち良さそうに眠るその顔をじっと眺める。

 閉じられた薄い瞼。それを縁取る睫毛は、髪と同様色素が薄い所為で気づかなかったが、意外に長い。

 微かに開かれた唇に、誘われるように己のそれを寄せる。

「んん…」

 が、触れる寸前、漏れた声。慌てて離れ様子を窺うも、しかし黒子が目を覚ます様子は見受けられない。

「眩しいのか。」

 だからと言って、再び顔を寄せる気にもなれず、眉根を寄せて眠る様を眺めていたが、陽に透ける髪がさらりと風に揺れたことで、その理由に気づく。

 ここに腰を下ろした時には影になっていたのだろうが、時間と共に太陽は移動し、眩い光がその顔にまで降り注いでいる。

 少しだけずれてやれば、それ程大きい方ではない彼は、自分の影にすっぽりと収まってしまう。それに、ちょっとだけ溜息。

 出逢ったばかりの頃、自分の影となると言っていたけれど、これじゃあ本当に影と同化してしまうではないか。

 バスケ以外の時には——否、本当はバスケの時にだって——ふたり並んで、影も並べていたいのに。

 それでも、眉間に寄っていた皺が消え、穏やかな寝息が再び漏れ始めて。火神はそんな黒子の寝顔を、ジュースを飲みつつ只管見つめる。

 太陽が動く度に、少しずつ身体をずらしながら。

 やがて五限終了のチャイムが鳴っても、六限目の始まるチャイムが聞こえて来ても、自分とて昼寝をしに来たことなどすっかり忘れて、火神は太陽が黒子の穏やかな眠りを妨げないよう、光を遮りながら、その寝顔を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい…そろそろ起きろ。練習行くぞ。」

「んむぅ…」

 寝不足であったのか、黒子は結局二時限ぶっ通しで寝続けていた。

 六限目もとっくに終了し、今頃教室ではSHRが行われていることだろう。それも終わってしまえば、後は部活だ。遅れれば監督が五月蝿いし、何より、黒子本人がそれは嫌だろうと揺り起こす。

「…かがみくん…? おはようございます…」

「おう。もう夕方だけどな。」

 薄く瞼を持ち上げた黒子は、ぼんやりとした顔を火神に向けると、舌足らずにそう言って頭を下げる。

 かくん、と垂れた頭が戻って来ないので、また寝てしまいやしないかと危ぶんだが、目を覚まそうと頑張っているらしい。目をこしこし擦ったり、頭を軽く振ってみたりしている。

「っ…っ?!」

 そんな仕草が酷く可愛くて、額にちゅっと音を立ててキスをした。ら、一気に目が覚めたらしい。丸く目を見開き、顔を真っ赤にしている。

「目ぇ覚めたか?」

「…覚めましたよ…」

「んじゃ、部活行くぞ。」

「え。もうそんな時間ですか?」

 くつくつ喉を鳴らしながら立ち上がれば、黒子も慌てて荷物を抱えて立ち上がり。

 先に歩き出した己の影に追いついてきた黒子の影が並んだのを見て、火神は満足気に口角を吊り上げた。