ふわふわ
「火神くん…ボク、火神くんがご飯を食べてるところを見たことがないんですが。」
「あ? 喰ってんだろ。」
「それはパンでしょう。ボクが言っているのは、お米のことです。」
授業が少々食い込んでしまった昼休み、心持ち急ぎ足で屋上へと向かう。
すれば先に来ていた火神は既に食べ始めていて、それは別に構わないのだけれど、その目の前に置かれた彼の昼食についつい嘆息する。
大きな袋いっぱいのパン。部活帰りには山盛りのバーガーを食べているし、まさかと思いつつ問えば案の定、朝食もパンであるらしい。
「もっとバランス良く摂らないと、身体に良くないですよ。」
「それっぽっちしか喰わねぇお前が言えることか?」
いくら向こうでの生活が長かったとは言え、あんまりだ。成長期な上、バスケをしているのだから、身体作りも考えて欲しい。
溜息を落としつつ隣に腰を下ろせば、膝に乗せた弁当箱の大きさを指摘され、むっと口を尖らせる。
「確かに量は少ないですけど、ボクはちゃんとバランスを考えて作ってます。」
「あ? お前、自分で弁当作ってんの?」
「えぇ、まあ。と言っても、卵やウインナーを焼くくらいで、あとは親が作り置いているものを詰めて来るだけですけど。」
それくらいはするでしょうと言ったら、フツウしねぇよと返されて。確かに火神はしなさそうだと一人納得していたら、うるせぇよと叩かれた。口には出していなかったのに。
「…火神くんのお母さんは、お弁当作ってくださらないんですか?」
「仕事忙しいしな。」
痛いと頭を擦りつつ問えば、商社に勤める両親は毎日忙しく働いているらしい。火神は「晩飯作るだけでも上等じゃねぇ?」なんて言っている。(向こうでは、ハウスキーパーに任せっきりの家庭も珍しくないらしい)
そうこうする間にも、いっぱいだった袋の中身はみるみる減って行って。
ゆっくりとおかずを咀嚼しながら、黒子は暫し考えに耽っていた。
「…だからって、何を考えているんですか、ボクは…」
テーブルにでん、と置かれた大きな弁当箱を前に、がっくりと項垂れる。
隣には小さめの自分の弁当箱。ついでだと己に言い訳しつつ、早起きしてまで弁当を作っていた。
作ってしまったものは仕方がない。食べないと勿体ないしと、包んでバッグに収める。
ずっしりと重たいそれは肩に食い込んで痛いのに、心はふわふわと落ち着かなくて。
「本当に、何を考えているんですかね、ボクは…」
よいしょ、と何度も抱え直しながら、黒子は溜息を零しつつ学校へと向かった。
「火神くんには足りないでしょうけど、良かったどうぞ。」
バッグから取り出したそれをずいっと差し出すと、パンを口に運びかけたまま、火神はぽかんとして固まった。
重いし恥ずかしいし、早く何か反応して欲しい。
俯きがちにそう思っていると不意に手の中の重みが消え、顔を上げるとパンを放り出した火神が早速おかずを頬張っている。
「美味え。」
「そうですか…よかったです。」
正にがっつくと言う勢いで頬を膨らませている様子に、余計に気恥ずかしくなる。なのに胸の裡が温かくて、自分も弁当を食べながら口元が弛んでしまう。
「また作ってくれよ。」
「………たまになら。」
「毎日。」
「嫌です。そんなことしたら、破産しちゃいます。」
あっと言う間に平らげた火神は、到底足りないだろうに、残るパンには手を付けず次回を強請って来て。
「火神くんと結婚したら、エンゲル係数高くて大変そうですね。」
「お前があんまり喰わねぇから平気だろ。」
「ボクとじゃないです。と言うか、ボクも男ですから、できませんよ。」
呟きにニヤリと笑って頭を撫でる手を、黒子は真っ赤になりながら払い落とした。