ハッピーデート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスケばかりしてないで、たまには好きなコ誘ってこういうとこにも行ったら、と。母親が寄越した二枚のチケット。

 バスケばかりで何が悪い。お互いバスケが好きで、一緒にバスケをするのが楽しいんだからいいじゃねぇか。

 正直、そう思ったものだったけれど、確かにたまにはいいかと受け取ったそれを目の前に翳す。

 受け取ったはいいが、それからもう幾日。

 母親の言う通り、バスケにばかりかまけていたから、どう言って切り出したものか解らない。否、ただ、貰ったから行かねぇかと言えばいいだけの話なのだけれど、タイミングが掴めず言い出せない。

 酷く照れ臭いのもある。ポケットの中で握り締めすぎて、最早伸ばしても取れない皺がそれを物語っている。

 と。

「何ですか、それ。」

「っっっ?!!」

 ここ数日の己に嘆息すると同時、チケットの向こうからひょっこり覗き込まれて、声なき叫びを上げた。思わず放り出したチケットが風に舞い、飛んで行きかけたそれを慌てて掴み取る。

 いつものことながら、黒子の登場の仕方は心臓に悪い。言ったところで「すみません」と軽く流されるだけなので言わないけれど。

 新たに皺の増えてしまったチケットに対してと共に、深く項垂れ息を吐き出す。

「アクアミュージアムのチケット?」

「あー…親が仕事先から貰ったんだと。」

 軽く伸ばして渡せば、きょとんと瞬く瞳。意外だと思われているだろうことは容易に想像がついて顔を背ける。

「へぇ…いいですね。」

「…好きなのか、そういうの?」

「はい。」

「…じゃあ…」

 一緒に行こうぜと切り出すには絶好のチャンス。

 なのに。

「やるよ。」

 こんな時にまで言い出せない己に、半端なく凹む。

 しかし。

「…いいんですか?」

「………おう。」

「ありがとうございます。それじゃあ…」

 はい、と。項垂れるその目の前に差し出されるチケットが一枚。顔を上げると、黒子は目を細め微笑っている。

「誘ってくれるつもりだったんでしょう?」

「………」

「ここ数日、何だか緊張して落ち着かない様子でしたから。」

「…気づいてたのかよ。」

「人間観察、趣味なので。」

 火神くんは解り易いですし、と、くすくす笑われれば、それはそれでまた多少凹むのだけれど。

「火神くんと一緒に行きたいです。」

 そんな風に柔らかな笑みを浮かべるのを見れば、凹んだ気持ちなど軽く消し飛んで。

「今度の休みでいいですか?」

「おう。」

 火神は照れを隠すように、戻された一枚を些か乱暴な仕草でポケットに捩じ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日曜日は他の部との関連で練習は休み。冷やかす母親から逃れて駅へと向かえば、既に着いていた黒子は本を片手に待っている。

「わり。待ったか?」

「少し。早く着きすぎてしまったものですから。」

 目を眇め微笑む様子にドキリとする。そう言えば、私服を見るのは初めてだ。意識すると途端に照れ臭くなって、行くぞと素っ気なく告げて歩き出す。

 電車に揺られ、乗り継いで約一時間。隣を歩く黒子を横目でちらりと見遣って唾液を飲む。

 着いたそこは家族連れを中心に多くの人で賑わっている。はぐれないように、はぐれたら見つけるのが大変だから、なんて理由をつけて、その手を取っても良いだろうか。

 いやいやわざとらしいだろうかと、ポケットの中の手を握ったり開いたりしていたら、袖を引かれる感触がして。

「はぐれるといけませんから。」

 淡く頬を染め袖を掴む黒子の手を、火神は顔を赤くしつつも包むように握り締めた。

 

 

 

 

 

 巨大な水槽で泳ぐ魚たちを眺め腹が減ってくると言えば、それ以上育つ気ですかと呆れられ、食べきれないと皿を押しやってくるのに、テメエはもっと喰えよと言いつつ、残りを平らげてやる。

 ショーを見つめる瞳が子供のそれのようで見ていたら、ちゃんとショーを見てくださいと、口を尖らせた黒子にグキッと音がする程勢い良く首を回された。

 冷やかしに寄ったグッズショップでは、サメのストラップを似てると言われ、ならオマエはこれだとマンボウのキーホルダーを取ったら脇に手刀が入ったり。結局お互い、それを購入してみたり。何だかんだで存外楽しんだ。

 そうして楽しい時間と言うのは、あっと言う間に過ぎるもので。

「…そろそろ帰るか。」

「そうですね。」

 夕日に海が染まる頃、帰り行く人々の波に乗って、ふたりも駅へと歩き出した。

 

 

 

 

 

「何やってんだ、オマエ。」

 ドア付近でモタついている黒子を中へと引き込む。

 存在が薄い所為で、同じく乗り込もうとする他の客に気づかれないらしい。ぶつからないようにと避けているばかりで、自身がなかなか乗り込めずにいる。

 隅に押しやって囲い込めば、ぶつかられる心配もあるまい。そのまま黙って電車に揺られる。

「今日は楽しかったです。」

「そうだな。」

「また誘ってください。」

「…今日誘ったのはオマエだろ。」

「そうでしたね。」

 じゃあ、今度はちゃんと誘ってくださいね、と、誘えずにいた日々を思い出したか、黒子はくすくすと笑って。

 それに口をへの字に歪めつつ、次はどこへ行こうかと、火神は早速頭を悩ませていた。