コントローラー
創部からたった二年で東京都三大王者と呼ばれる強豪校を次々と倒し、三年目には全国制覇を果たした誠凛高校バスケ部。その姿に憧れ、この高校に入学して来た訳だが、この学校のバスケ部は少し、いやかなり変わっている。
「んん〜。今年も盛況ねぇ。何人残るかな〜。」
まず一つ。集まった大勢の新入部員たちを前にうきうきとした表情を浮かべているのは、自分たちと歳も変わらぬ若い女性。この春、誠凛を卒業して近くの短大に進学したばかりと言う彼女が、このバスケ部の監督だ。
新設校を一気に強豪に伸し上がらせたくらいなのだから、もしや本場で指導やプレーの経験があるだとか、過去にも強豪校で指導をしていただとか、そんな監督がいるものだと思っていたのは、何も自分だけではない。ほとんどの新入部員の口がぽかんと開かれている。
本場と言えば、誠凛には本場仕込みの選手がいる。誠凛のエース・火神センパイ。彼の力強いプレーは、とにかく人目を引く。自分を含め、ここに集まった一年生のほとんどが、彼のプレーに魅了されて集まった者だ。
が、しかし。
「あれ? 主将どこ行った?」
「黒子ー?」
「はい。」
「「「どわあぁっ!!」」」
きょろきょろと辺りを見回していた先輩たちの叫び声が上がる。
誠凛バスケ部の主将は火神センパイではなく、その火神センパイにギリギリと頭を掴まれ怒られている黒子センパイと言う人だ。
これが、このバスケ部のおかしな点の二つ目。
他の先輩たちに比べて低い身長、細い手足。黒子センパイはどう見たって、体格的には恵まれていない。
それでも主将に選ばれるくらいなのだから、それを補って余りあるくらいの技術を持っているのかとも思えど、中学時代に観ていた試合でそれを目にした憶えはない。と言うか、試合に出ていたかどうかすら記憶にない。
実際、ノーマークのシュートすら外す。特別足が速い訳でもなく、ドリブルとなれば当然、更に遅い。
中には、技術はなくとも強いリーダーシップを持つ、ベンチキャプテンなんて人もいるから、そういうタイプかとも思ったが、しばしば「どこ行った?」と言われては突然現れ、周囲に悲鳴を上げさせ怒られるような人がそんなタイプだとは、到底思えない。余りにも存在感がなさすぎる。
一体何故、あの人が主将なのか。新入部員全員が抱く、最大の疑問である。
問えば、二年の先輩たちは「オレらも最初、同じこと思ったよなぁ」と笑い、三年の先輩たちも「その内、解るって」と、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
そうは言われても、練習中の様子を見ていては、そんな先輩たちの言葉も、どうにも信じられなくて。
ドリブルしていて自らの足に当ててしまい、転がるボールをおたおたと追って行く姿を眺めながら、オレたちは理解不能な現実に本気で頭を悩ませていた。
そんな、ある日だ。
「そうそう。日向くんたちが遊びに来るって言ってたわよ。」
「え? いつですか?」
「土曜日。」
「明日じゃねぇか!」
その日の練習も終わり、片付けを始めようとしたところに、カントクが思い出したと振り返る。
その急さに火神センパイが叫んでいたが、黒子センパイを初め、他の先輩たちも皆嬉しそうだ。
もちろん、オレたちも歓喜した。カントク同様、この春卒業して行った先輩たちと言えば、昨夏、全国制覇を成し遂げたメンバーである。そのプレーが生で観られるのだ。
「そういう訳だから、明日はゲーム形式でやってくからね。」
チーム分けは色々考えてるから、とにっこり笑うカントクのその笑顔の意味など知らず。翌日直に観られるプレーを思い、オレたちは単純に浮かれていた。
訳だけれど。
「ちょっ…本気ですか?!」
「もちろん。」
まず最初に、と一年生チームの相手として呼ばれたメンバーに、ざっと血の気が引いた。
ハーフラインを挟んで整列しているのは、OBの日向センパイ、伊月センパイ、水戸部センパイ。そして火神センパイに黒子センパイ。
青褪めるオレたちに、日向センパイたちは苦笑している。
「むむむ無理ですよ!!」
「何が。」
「相手になる訳ないじゃないですか!!」
「あんたらねぇ…公式戦で相手が強豪だからて、棄権する?! しないでしょう!!」
それはそうだけれども。
相手になるはずもないとの言葉はこれっぽっちも聞き入れては貰えず。オレたちは面白がっているとしか思えない二・三年生の囃し立てる声を受けながらゲームに臨んだ。
「お。」
ディフェンスについたオレたちを見て、火神センパイが楽しげに呟く。
火神センパイを一対一で止められるヤツなんて、一年にはいない。当然ダブルチームを組んだのだが、火神センパイの顔に浮かぶのは、ニヤリとした笑み。
「いいのか? 黒子フリーにして。」
「「?」」
そうして告げられた言葉に目を瞬かせる。日向センパイや水戸部センパイたちをフリーにはできないが、黒子センパイなら。何せフリーでもシュートを外す人だ、放っておいても恐くはない。
そう思うのに、火神センパイはくつくつと笑って。
ガンッ!!
「……え…」
身を翻したと思ったら、次の瞬間にはリングにボールを叩き込んでいた。
ディフェンスとディフェンスの隙間にパスを出したかと思えば、ボールは高く上がり、火神センパイの手でリングに叩き込まれる。サイドに流されたボールは消え、どこに、と思った時には、既にリングに向けて放たれている。
パスとリターンのスピードに付いて行けない。ただでさえパワフルな火神センパイのプレーが、黒子センパイのアシストが入ることによって、更に破壊力を増すのだ。
何より、ぴたりと息の合ったふたりのコンビネーション。スピードもタイミングも、一分のずれもない。
全国の強豪たちのディフェンスさえぶち抜くと言うふたりの連携をオレたちが止められるはずもなく。オレたち一年生は、最早唖然として見ているばかりだった。
呆となったまま帰途に就いたものの、着替える途中で定期を落として来たらしい。慌てて学校に戻り、部室のドアを開ける。
が。
「?! す、すみませんっ!!」
開いたドアを再び勢い良く閉めた。中には火神センパイと黒子センパイがふたり。黒子センパイはベンチに腰掛けた火神センパイの膝に跨がり、火神センパイの手は黒子センパイの背中、シャツの内側に潜り込んでいた。思いがけない光景に、心臓がバクバクと音を立てる。
「どうぞ。これを取りに来たんでしょう?」
「っ! は、はい! すみません!」
混乱する頭を抱えていると、静かにドアが開いて目の前に定期を差し出される。受け取りながら頭を下げれば、黒子センパイは「こちらこそ、驚かせてすみません」と苦笑している。
「あの…黒子センパイと火神センパイって…」
「えぇ、まあ、そういうことです。」
二・三年生は知っているそうだが、他の一年生には内緒にしててくださいねと、人差し指を口元に当てる仕草が可愛らしい。思っていると、センパイの背後からぬっと現れた腕が彼を抱き寄せる。火神センパイだ。
「そういうことだから、コイツに手ぇ出すんじゃねーぞ。」
「キミは黙っててください。」
「ぶっ!」
睨みを利かせる火神センパイの顎を、黒子センパイの手が下から突き上げる。何だか力関係が見えてしまった。
そして、それと同時に何故この人が主将なのかも解った気がした。火神センパイをコントロールできるのは、黒子センパイだけなのだ。
火神センパイを生かすも殺すも、黒子センパイ次第。
納得したら、何だか酷く可笑しくなってきて、オレは声を立てて笑ってしまった。