ごめんなさいの代わりに
夏の大会で敗退した場合、その時点で最上級生は引退となり、一・二年生を中心とした新チーム体制がスタートする。
つまり、もちろん皆、勝ち上がって行くべく試合に臨んでいる訳だが、勝ち進めば勝ち進む程、新人戦へ向けてのスタートが遅れることとなる。
「まあ、うちの場合、新チームも何もあったもんじゃないんだけど。」
元々一・二年生しかしない新設校である誠凛に取っては、後一年は現在のチーム体制で進んで行く訳だが、他所は違う。自分たちが倒して来たチーム、競り勝って来たチーム全て、新チームでの練習が始まっている。
そこで、各チームの新しいデータを集められるだけ集めておくと言うカントクの意向に伴い、誠凛バスケ部のメンバーはビデオカメラを手に二・三人ずつに分かれ、他校の偵察へと散って行った。
「…あんまり前と変わった印象はねぇな。」
「そうですね。やっぱりお父さんの高さを生かすのが一番でしょうし。」
火神と黒子が向かった(向かわされた)のは、夏の予選一回戦で対戦した新協学園の練習試合。セネガル人留学生、通称『お父さん』を要とするスタイルは変わっていない。
それでも、誠凛に負けたことで、高さのみに頼ることは止めたのだろう。スピードとお父さん以外のシュート力も上がって来ている。
「まあ、それでもオレが勝つけどな。」
すぐにでもコートに下りて行って戦いたそうな表情を浮かべる火神に、黒子はくすりと笑みを零す。
実に火神らしい。けれど今は大人しくしてもらわなければ。主将からも、くれぐれも面倒を起こさないようにと、きつく言われている。
言えば火神は「解ってるっての」と髪を混ぜるけれど。
それでもうずうずしている様子に、黒子は密かに笑いつつコートを見下ろした。
「喉乾いたし、何か買って来るわ。」
帰る前に飲み物を買って来ると言う火神に自分の分も頼み、戻るのを待つ間に撮ったばかりのビデオをチェックする。
オフェンス、ディフェンスの型、各プレーヤーの動き、特徴。きちんと撮れているようだ。
と。
「ぁあ? こんなとこで何してんだよ、アンタ。」
「うっわ! 女子の盗撮かよ、やっらしー!」
「違います、返してください!」
校舎の角から現れた生徒とぶつかってしまった。あわや取り落としてしまいそうになったカメラを受け止めほっと息を吐くも、別の一人に横から奪われてしまう。
取り返そうと手を伸ばすも、生憎彼らは黒子よりも上背があり、頭上に掲げられるとどうにも届かない。
「盗撮された可哀想な女子の代わりに、コイツの恥ずかしい映像撮らねぇ?」
そんな黒子を面白がって高い位置でカメラを投げ回していた彼らだったが、突然、背後にいた男ががしっと黒子を羽交い締めして。
「なっ、離してください!」
黒子は拘束から逃れようと、懸命にもがいた。
その時。
「黒子っ!!」
「うわっ!」
声とともに真っ直ぐ飛んで来たジュースの缶。それに驚いて弛んだ腕から素早く抜け出し、カメラを奪い返す。
慌てて伸ばされた手が黒子のシャツへと届くより早く、火神の腕が黒子を掬い上げて。
「か、火神くん! 自分で、走ります!」
「この方が早ぇっ!」
「失礼、ですよ!」
肩の上で揺られながら、黒子はほっと安堵の息を吐き出した。
「はーっ! キッツ…」
「だからボク、自分で走りますって言ったのに。」
学校を出て暫く、黒子を下ろした火神は膝に手をつきゼイゼイと息を吐いている。
可愛げのない口はついついそんなことを言ってしまうけれど、投げてしまったジュースの代わりに、目についた自販機へ走って冷たいそれを差し出す。
「オマエもあんまり、人にぶつかってんなよ。」
「そんなにぶつかりませんよ。」
「お父さんにもぶつかっただろ。」
「ちょっ、下ろしてください。」
事の次第を問うのにぶつかったのだと返せば、呆れ顔。以前されたのと同じように抱き上げられて、眦を吊り上げる。
しかし。
「ぶつかった、だけで済まねぇ場合だってあるんだからよ…」
抱き締め直した火神は黒子の肩口に強く額を押し付けて。
「…気をつけます。」
「ん。」
心配させてしまったことを心の中で詫びながら、黒子は広い背中をそっと撫でた。