くすぐったい胸の裡
「黒子っちー!」
「………黄瀬くん?」
街の真ん中に人集り。何の騒ぎだと思いつつ通り過ぎようとしたら、その中心から聞き覚えのある声が飛んで来た。
大きく手を振っているのは、黒子の中学時代の友人で、己の好敵手。携帯を構えて取り囲む女たちに「ちょっとごめんね」と笑顔を向けると、輪から抜け出して来る。
「偶然っスねー。買物っスか?」
「はい。」
「何やってんだ、お前?」
「あ。火神っちもいたんスか。」
黒子に気づいて、自分に気づかない訳がないだろうに。さも、今気づきました、と言わんばかりの態度に、額についつい青筋が浮かぶ。
モデルの仕事もしている黄瀬は、今日はこの辺りで撮影があっていたらしい。大変ですね、と声をかけた黒子に、エネルギー補給と抱きついた。すぐさま引き剥がして取り返したけれど。
「そうだ! 黒子っち、少し待っててくださいっス! もうすぐ終わるスから!」
「何でテメエを待ってねぇといけねぇんだよ。」
「オレも一緒に行くっス!」
黒子っち〜、と、情けない顔で手を伸ばす黄瀬だったが、ぱっと表情を切り替えると付いて来るなどと言い出す。
正直、邪魔だ。首根っこを掴んで引き摺り、黒子から離れる。
「買物は名目のデートなんだよ! ちったぁ気ぃ回せ!」
「イ・ヤっスよ! オレなんか仕事だし、センパイは模試だって言って遊んでくんないし、アンタにだけイイ思いなんかさせないっス!」
ギリギリと額を寄せて睨むも、黄瀬は鼻の頭に皺を寄せるとイーッと歯を剥いて見せて。
もう一度黒子に「待っててくださいスね!」と声をかけ戻って行く後ろ姿に、八つ当たりかよと、火神は深く息を吐いた。
撮影している隙に逃げたかったのだが、そんなことしても電話がかかってくると思うと言う黒子の意見も尤もと言うか。容易に想像が付いてがっくりと項垂れる。
そうして結局、黄瀬も交えて三人で店へ。
「これなんか、黒子っちに似合いそうス。」
「…女性物ではないですか?」
「違うスよ。ユニセックスってやつっス。」
さすがにモデルをしているだけあって、黄瀬の気に入りだと言う店はセンスが良い。
が。
「黒子っち、結婚しよう。」
ガンッ!!!
「イッテ!! 何するんスか!」
「テメエがアホなことするからだ!!」
殴っていいよな、と思った時には、既に手が出ていた。黒子の薬指にリングを嵌めて手を握る黄瀬の頭を、後ろから力一杯。
やっぱ置いてくれば良かったと、後悔頻りだ。うんざりしてきて、再び深く息を吐き出す。
と。
「………黒子。」
「はい?」
「これ、どうだ?」
項垂れた先にあったショーケース内に目が止まる。黒子の指に合いそうな、それでいて、自分にも華奢すぎることもなさそうなデザイン。
「…これがいいです。」
手に取ったそれを、黄瀬じゃないので恥ずかしげもなく左にはできなかったけれど、右の薬指に通せば、黒子ははにかんだ笑みをみせて。
その笑顔に熱を帯びる頬を隠すように顔を背け、火神は店員に声をかけた。
「黄瀬くんも何か買ったんですか?」
「ピアスとバングルっス。」
「ピアスとかしなさそうだけどな、あの人。」
「これは自分のっスよ!!」
買物を済ませて店を出ると、黄瀬の手にも同じ袋。いい店に連れて来てもらったのは有り難いが、お邪魔虫されているのだからこれくらいは言っても良いだろうと口にすれば、黄瀬がキイッと噛み付いてくる。
「え…え?! センパイ?!」
なおも揶揄ってやろうかと思ったが、同時に黄瀬の携帯が鳴った。あわあわと電話に出る様子を、黒子と顔を見合わせ見守る。
「センパイ?! どうしたんスか?」
「え? あ、はい。終わったっス。」
「今スか? 黒子っちと偶然会ったんで、一緒に…」
「あああぁぁっ! ちょっ、待っ…! 行くっス! すぐ行くっスから!」
どうやら用の済んだ先輩に呼ばれたらしい。電話を切ったのにシッシと追い払う仕草で促せば、黄瀬はムカつくと目を吊り上げつつも、それこそ風のような早さで駅へと駆けて行って。
「…人を轢きそうな勢いですね。」
手を振り見送っていた黒子の言葉に、火神はくつくつと喉を鳴らして笑った。
夕暮れの光も次第に弱まる頃。薄闇に紛れて自分のそれより幾分小さな手を取れば、いつもはない金属が指に触れる。
「火神くん、くすぐったいです。」
それをくるくる弄ると黒子が小さく首を竦めるが、その瞳と口元に浮かぶ笑みから実際にくすぐったい訳ではないことが解るから、火神は更に手を引いて、小柄な体躯を抱き寄せる。
くすぐったいのは、胸の裡。
そのくすぐったさを分け合うように、ふたりは互いに贈り合ったリングに触れながら唇を合わせた。