窓枠に背を預け、一週間程前に配られたB5サイズの紙を眼前に翳して火神は深く息を吐く。

 進路希望調査書。提出期限は本日夕方五時だ。しかし、火神の手元にあるそれは、未だ白紙のまま。

 別にまだ考えられない、なんて理由で白紙な訳じゃない。寧ろかなり具体的に考えていた方だろう。

 アメリカに戻ってプロを目指す。中学の時、日本のバスケのレベルに失望した瞬間から考えていたことだ。

 だけど今、それをこの紙に記すことができずにいる。その理由は——

「それ、進路調査ですか?」

「んあ? おー…」

 ぼうとしていると、横から、もとい、後ろの席から声をかけられて。まだ提出してなかったんですかと、ジュースのパックをずずずと鳴らす黒子に視線を投げる。

 中学の頃の自分は考えもしなかったのだ。黒子という、最高の相棒にして、離れ難く愛おしい存在に出逢うことなんて。

「…オマエは?」

「とっくに提出しましたよ。」

 知っている。用紙を配られた直後、何か考えているかと話しかけようと振り返ったら、黒子は既にペンを握り、どこぞの大学の名を記入していたのだから。

 プロを目指したい思いは今もある。だが、アメリカに行くとなれば、当然、黒子とは離れることになる。

 黒子がいれば、バスケはもっと面白くなる。もっと長く、一緒にバスケをしていたいと思う。

 否、本当は、黒子とはずっと一緒にいたいと思っている。

 だけど、ひとり早々と己の進路を定めていた黒子はそれを望んでいるだろうか。

「火神くんは一番に提出するかと思ってました。」

「そうか…?」

「だって、プロになるんでしょう?」

「あー…」

 歯切れの悪い返答に不思議そうな顔をする黒子は、別々に歩む未来に何の迷いもないのだろう。自分ばかりがこんな思いでいるのかと、多分に凹みつつ、用紙を顔の上に乗せる。

 しかし。

「…ボク、海外の文学作品を原文で学びたいんです。」

「あ?」

「だからいずれはアメリカに渡りたいと思ってます。」

 唐突な話に惚けていると、黒子は「そうしたら、いつもとは言わなくとも一緒にいられますよね」と、口元に柔らかく笑みを浮かべて。

「ペン貸せ。」

「自分の使ってくださいよ。」

 言いつつ差し出されたペンで、三つの欄をまたいで大きく書いた。

 

『黒子と同じとこ』

 

 

 

 

 

 プロにはなる。だけどたった三年で離れて、向こうでひとり待つなんてできないから。

 アメリカに渡る時は、キミを攫って行く時。

 

 

 

 

 

 

 

キミを攫う

 

 

 

 

 

 (大学に行ってからでも、プロを目指すのに遅すぎることはないはずだ。)