いつか、日常
「うち、来るか?」
日曜までの三日間、両親が留守なのだと話したら、そう言って家に誘われた。
火神の言う通り、学校から帰って食事の支度や家のことをするのは正直煩わしいので有り難い。言葉に甘えて、お邪魔させてもらうことにする。
「何だか、ドキドキしますね。」
金曜の部活後、荷物を取りに一度家に戻った黒子は、書いてもらった地図を手に歩きながら独りごちる。
こんな風に誰かの家に泊まりに行くのは初めてだ。それだけでもわくわくするのに、それがしかも火神の家。私生活が垣間見れるとあって、何だか気分が高揚する。
「あ…ここ、ですね。」
どんな部屋だろう、やっぱりバスケ関連の物で一杯なんだろうか、などと考えながら歩を進めていたら、火神と表札の書かれた家に行き当たって。
地図に書かれた住所を目の前の家を見比べ確認すると、深呼吸ひとつ。そうして黒子はチャイムにそっと指を伸ばした。
火神の部屋へと案内されてまず目に付いたのは、ベッド。
それもまあそのはずで、日本人にしては規格外サイズの火神のベッドは、ひとりで寝るにしては随分と大きい。
試しに腰を下ろしてみたらマットが沈んで、今度はぽすんと軽く勢いをつけて乗ってみる。
「何やってんだ、オマエ。」
「ふかふかして気持ち良いです。」
子供かと言うような行為だが、弾む感触が楽しくて仕方がない。何度も繰り返していると、飲み物を持って戻った火神がその様子を見て笑う。
それに返しながらも、ぽすんぽすんと、黒子はベッドの弾み具合を楽しんでいたのだけれど。
「!? かが…」
「オマエ、油断しすぎ。」
「んっっ!!」
後ろに転がすと同時に覆い被さった火神に口づけられて、瞬時にかあっと頬を赤く染めた。
すぐに食事に呼ばれ、その時はそれ以上のことはなかったものの、黒子は風呂を借りながら鼓動を早める。
先程のキスで、火神の部屋に泊まるのだと言う意味を改めて認識した。
火神とは恋人同士だ。キスだって、もう何度も交わしている。
その恋人の部屋に泊まると言うこと。それは、単に友人の家に泊まるのとは訳が違う。
「どうしましょう…」
考えれば考える程、鼓動は早くなって。黒子はぶくぶくと湯に沈んで行った。
「…お風呂、お先に頂きました。」
「ん、おう。」
軽くノックして部屋へ入れば、火神は長かったなと笑って雑誌を置く。
オレも入って来ると火神が立ち上がっただけで、擦れ違いざまに頭にぽんと触れられただけで心臓が壊れそうだ。ドアが閉まる音を背に聞いて、床に用意された布団にぺたりと座り込む。
ドキドキしすぎて何だか疲れた。まだ少し早い時間だけれど、布団に潜り込んでしまおうか。
別に待っている必要はないはずだと、そう考えて、黒子はもそもそと布団に潜り込む。
が、しかし。
「黒子? もう寝てんのか?」
そう易々と眠れるはずもない。程なく、火神が部屋へ戻って来て、それでも黒子は眠ったフリを続ける。
「くーろーこ。」
「っっ!」
そんな黒子の耳元に顔を寄せた火神の、甘えるような、甘やかすような声。
その声は反則だ。そう思いつつ、黒子は懸命に目を閉じ続けていたけれど、喉を鳴らして笑う火神に抱き起こされてしまう。
「寝るんなら、ベッドで寝ろよ。」
「ボクは、布団で…」
「ベッド、気持ち良いっつってたろ?」
そのまま膝に抱えられては、さすがに寝たフリも続けられない。とうとう観念して目を開けるも、至近距離で覗き込まれるのに耐えられない。肩を押し返し離れようとしても、腰に回った腕は離してくれる気配はなく、どうしようとそればかりが頭の中をぐるぐる回る。
「んな、緊張しなくても、何もしねーよ。」
「…え…」
「してぇのはやまやまだけど、親いるし、さすがに無理だろ。」
俯いて腕を突っ張り、少しでも離れようとしていた黒子であったが、ぷっと噴き出した火神の言葉に顔を上げる。
途端、まあキスはするけど、と、火神は唇を啄み、くつくつ笑って。
「何もしねーから、一緒に寝ようぜ。」
そう言って与えられた甘やかすようなキスにほうと息を吐くと、ベッドに入った黒子は火神の胸元に潜り込み眠りに就いた。
いつか、こうして腕の中で眠ることが日常になる日を夢に見ながら。