「黒子っちー! はい。バレンタインのチョコレートっス!」

 

——また出やがった…

 体育館のドアをバーンッと開けて乱入して来た黄瀬を、火神は苛立ちを隠さず睨み据える。

 あの練習試合からこっち、黄瀬はずっとあんな調子だ。週に最低でも一度は現れ、ベタベタと黒子に懐いて行く。苛立つことこの上ない。

「…いくら食べきれないからって、他人にやるのは女の子たちに失礼ですよ。」

「違うスよ。これはオレから黒子っちにっス!」

「………意味が解りません。」

 そんな火神の苛立った気配に気づいているのかいないのか。否、気づいているだろうきっと。しかしそれをキレイに無視して、黄瀬は黒子にまとわりついている。

「黒子っち、甘いモン好きっスよね? ここのメーカーの、凄ぇ美味いんスよ。」

「はあ…じゃあまあ、頂いておきます。ありがとうございます。」

 ちらりとこちらに視線を投げた黒子は、中断してしまった練習と、そして自分のことを気にしているのだろう。さっさと受け取った方が得策と考えたか、差し出される包みに手を伸ばす。

 が。

「っっ、黒子っちーvv バレンタインデートしようス!」

 次の瞬間、黄瀬が黒子にガバッと抱きついた。さすがに血管の切れる音がして、足音荒くそちらへ向かう。

「…邪魔しねぇでくんないスか。」

「練習の邪魔してんのはテメエだ。とっとと失せろ。」

 奪い返して腕に囲い込めば、漸く睨み返して来る瞳。黒子に向けるものとはまるで違う冷たいそれを、殺気を込めて睨みつけていたが、ぽんぽんと宥めるように腕に触れられ視線を落とす。

「黄瀬くん、今日は練習は休みですか?」

「午後からス。」

「では、遊びに行くことはできませんね。」

「黒子っちとのデートの為なら、一日くらい」

「確かにキミの才能なら、一日分の遅れくらいすぐに取り戻せるでしょうが、才能の上に胡座をかくようなことをする人間は、ボクは好きではありません」

「うぅっ…」

「それに何より、この後は火神くんと約束があります。」

「オレよりそいつとの約束の方が大事スか?!」

「はい。」

 腕の中から黄瀬を見上げる黒子は淡々と、且つ、すっぱりと黄瀬の言葉を切り捨てる。

「〜〜〜〜〜っっ! あんたなんかには負けねぇスから!」

 その言葉に多大なショックを受けたらしい黄瀬は、涙目で火神を睨みつけるとそう叫び去って行って。

 あっと言う間に小さくなるその後ろ姿を見送るでもなく、やれやれと言った態で練習に戻る黒子に続いて、火神もドアを閉めると練習に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「火神くんも食べますか?」

「…結局喰うのかよ。」

「食べ物に罪はありませんから。美味しいですよ?」

「……甘ぇモンは好きじゃねぇ。」

 練習も終わった帰り道、件のチョコレートを差し出す黒子に顔を歪める。

 何か変な物でも入ってやしないかと怪しんだものの、至って普通のチョコレートであるらしい。モゴモゴと口の中でチョコを転がす黒子の表情は、一見いつもと変わらないようだが機嫌が良さそうだ。

 それが何とも面白くない。

「大体、何でチョコレートだよ。」

「さあ。菓子メーカーの戦略でしょうが…日本では、女の子から男にチョコを贈ることになってますよ。」

 吐き捨てるように呟けば、黒子はきょとんとした後「そう言えば、火神くんはアメリカにいたんでしたね」と納得して頷く。

 そうして説明を寄越すが、さっぱり訳が解らない。

「向こうにはバレンタインってなかったんですか?」

「あ? あったぜ。別に何をやるってなぁ決まってなかったが、まあ大抵…」

 何となく頭を抱え、問いに顔を上げると、ふと寒空に揺れる小さな花が目に留まって。

「…まあ、大体は、男が女に花を贈るもんだったな。」

 火神はそれをぷつんと摘み取ると、押し付けるように黒子の手に握らせた。

 

 

 

「………ボクは男ですが。」

「テメエな、っっ?!」

 空気読めよと振り返って息を飲む。手の中の小さな野草を見つめる黒子は、ほんわりと頬を染め微笑んでいたからだ。

 チョコレートなんて比にもならない程、嬉しそうで幸せそうな微笑み。耳が一気に熱くなって、火神は再び明後日な方向へ顔を向ける。

「栞にして使います。」

「…おう。」

 大事そうにバッグに仕舞う様子に大いに照れつつその手を取って。火神は北風が頬の熱を冷ましてくれることを願いながら再び歩き出した。