形勢逆転

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。天気も良いので屋上へと向かったら、階段を先に上る人影が見えた。

 パンのはみ出した袋を提げているところから見て、どうやら同じことを考えたらしい。一段抜かしで上って行く火神を追って足を早め、漸く追いついたドアの前で声をかける。

 が。

「火神くん。」

「ひょほっ?!」

 かけた途端に頓狂な声が上がって目を丸くする。話しかけると驚かれるのはいつものことだが、そんな変な声を上げられたのは初めてだ。

 振り返って睨む火神の顔は、心なしか赤い。

「テメ…っ、いきなり何しやがる!」

「すみません。声だけかけると驚かれるので、驚かさないようにと思ったんですが。」

「そういう時は肩を叩け!」

「ちょうど良い位置だったもので。」

 いきなり話しかけるなと怒鳴られるからと思って、呼びかけると同時に触れてみたのだ。脇腹の辺りをちょんちょんと。身長差のおかげで、ちょうど良い高さだったのだ。

「………もしかして、脇弱いんですか?」

「ん、んな訳ねぇだきょはっ!」

 いつもと違う声のかけ方と、いつも以上の驚きっぷり。導き出される答えなんかひとつしかない。

 言えば火神は否定するが、つん、と突つくとまた素っ頓狂な声が上がる。

——面白い…

 ガードするように己の身体を抱く火神なんて、そうそう見れるものではない。ぐるぐる唸りそうな態で睨んでいるものの、その顔が赤いのだから面白いばかりだ。もっと反応が見たくて、黒子は火神の脇腹に手を伸ばす。

「だ、から、止めろっつの!!」

 とは言え、そう易々と触らせてくれるはずもなく、暫しの攻防。いい加減キレたらしい火神に、逆にわしっと脇腹を掴まれる。

 けれど。

「すみません。ボク、特に脇弱くないんです。」

「うほうっ!!」

 擽られても別に何とも感じない。一言告げて、防御の崩れた脇腹を掴み返す。

 火神は手を振り払いたいようだが、くすぐったくて力が入らないらしい。逃れようと必死に身を捩るのが面白くて、黒子はわきわきと指を動かし続ける。

 しかし。

「こ、んの…いい加減にしろっ!!」

 少々やり過ぎたか、火神が逆襲に出た。涙目ながらも渾身の力で手を振り払い、それを取って黒子を壁に押し付ける。

「散々遊んでくれやがって…」

 凶悪な顔に一変。しまったやり過ぎたと思ってみても、後の祭。

「脇がダメなら、他でやり返すまでだ。テメエの弱いとこくらい、ちゃんと知ってんだよ。」

「んっ…」

 形勢逆転、今度はこちらがもがく番だが、掴まれた腕はビクとも動かず、顔を寄せた火神にべろりと耳元を舐め上げられる。

「か、かがみくん…ここ、学校っ…!」

「テメエが悪い。」

「謝りますから、やめ…っ!」

「もう止まんねぇよ、バーカ。」

 ゾクゾクと背筋を走ったものに震えながらでは、到底、シャツの下に忍び込む手を止めることはできなくて。

 結局翻弄されるがまま、震える膝はずるずると崩れ落ちた。