Святослав Рихитер
リヒテルさんのCD紹介します
 リヒテルさんの音楽的遺産のなかでも最高傑作のひとつ。1970年から73年にかけての録音です。
 バッハの平均率クラビア曲集は、ハンス・フォン・ビューローがピアノ音楽の《旧約聖書》と名付けたもの。リヒテルさんがこれを最初に勉強したのは、1937年、モスクワ音楽院での授業のなかでした。全曲を身につけたのは、まず第2巻が最初。1943年のことです。当時、バッハを弾くピアニストはほとんどいませんでしたから、この点からも、リヒテルさんの音楽にむけるまなざしの確かさがわかります。
 第一巻の録音と第二巻の録音の音質はずいぶんちがいます。第一巻のソフトな音色にとまどいましたが、その響きにこころをゆだねたとき、深い世界が広がります。
 グールドさんの平均率クラビア曲集の録音はかけがえのないものです。それは、知的にも楽しく、ときに深い瞑想に導いてもくれます。でもそれは、どこかさめた意識があるように感じますし、美しくはあっても、魂を揺るがされる深さがあるとは思えません。
 リヒテルさんのそれは、バッハの解釈がいかにあるべきかという次元を超えて、根元的に私たちの心にせまるものがあると思います。
 リンクしていただいた加藤幸弘さんは、「実は私もリヒテルの大ファンで,完璧な技術と,精神的な深みと,生身の人間が弾いているという生々しさを,同時に感じさせるピアニストは他にいないのではないかと思っているほどです。ちなみに,私のリヒテルCDベスト1は,バッハ平均律全2巻のインスブルックでのライヴ録音です。私はこれほど深い表現内容を讃えたピアノ演奏を他に知りません。」とおっしゃっています。納得です。 
その1
バッハの平均率クラビア曲集第1巻と第2巻
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その2. シューベルトの最後のピアノ・ソナタ
      変ロ長調 D.960
 シューベルトが死の直前に書き残した三つのピアノ・ソナタのうちの最後のものです。シューベルトがベートーヴェンの影響をぬけて、独自の世界を築いているソナタです。
 その第一楽章と第二楽章には、死の影がつきまといます。
 リヒテルさんの演奏は、おそらくもっともテンポが遅い演奏だと思います。繰り返しも忠実に再現されています。第一楽章のあの地鳴りのようなトリル。散歩の途中できこえる遠雷という解釈もありますが、リヒテルさんの演奏は、まさに地底から死を告知する黄泉の声を思わせます。楽譜上は、昂揚する場所でもテンポは遅く保たれ、その気分の高揚が仮象にすぎないことを示しています。シューベルトさんは、暖かい夢想に身を任そうにも、目の前の凍てつく現実を忘れることができないのです。第二楽章は、あの「エニグマ」の冒頭で使われています。
右手の単純な旋律が、涙もでないような悲しみ、そしてあきらめの想いまで揺れ動くこころをなぞってゆくように思えます。
 リヒテルさんは、このソナタをライヴで何種類か残していますが、このDISCはスタジオ録音です。
その3. ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番
 RUSSIAN CDの一枚です。
これは、コンドラシンさんと組んだライヴ演奏です。リヒテルさんがまだ40台のころの演奏であり、気力の充実した迫力に圧倒されます。それは、オーケストラも同様です。
ベートーヴェンの後期の作品に比べれば、未熟な作品ですが、かけがいのない若さ、はつらつさを描いてあますことろがない演奏だと思います。
 リヒテルさんには、ほかにもいくつかベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番のCDがありますが、この演奏とは、別人のように思えてなりません。
 こんなスリリングで、エネルギッシュな演奏をきけた人たちは、幸せだと、つくづく思います。