ハヤブサ,鳴かず,飛ばず!
トラブルはある日突然やって来る.
風が冷たくなってきた頃のある水曜日.仕事前に野暮用があり,僕は早朝の甲州街道を東に向かって走っていた.いつもとは逆方向だが,さすがに上りだけあってべらぼうに混んでいる.隼は車幅が広くて渋滞はあまり得意ではないけれど,両方のミラーを折り畳めば幅は原付とさほど変わらない
(最近覚えた小技.両側で15cmは車幅が減る感覚.隼のミラーってばちょうど乗用車のと同じ高さだから)から,すり抜けはそんなに難しいことでもなく,僕は車の間をするすると進んでいった.
ラッシュ時なんかに走っていると,いつしかバイクがまとまり始める.多車線の道路ほどこの傾向が強く,信号待ちなどでは10台以上のバイクが固まることも珍しいことではない
(車の間を抜けて前に出てくる).環八のちょっと手前で信号待ちで停まった時も,僕の周りには5台くらいのバイクが居た.
その時.何かの理由で後ろのバイクが気になってたのだ.ミラーを元に戻して,はっと気づいたら信号が変わっていて,「おっと,こりゃいかん」と発進しようとしたらエンスト〜! 後ろのヤツはさっさと僕を置いて行ってしまったが,慌てず騒がず,再始動
(エンスト慣れしている:笑).ところが,セルモータがものすご〜く元気がない.「ぎゅんぎゅんぎゅん…ドルン!」となるところが「ぎゅん…」で沈黙.これはヤバイ.再試行するも全く同じ.後ろの車がイライラし始めてたので,とりあえずバイクを押して,脇道に入れた.
ここでもう1度再始動を試みるが,全然ダメ.セルのパワーはますます落ちているようだ.こりゃ,バッテリーがイッてるな….長いこと古い車に乗ってたからバッテリー上がりには慣れてるんだよね.しかし,なぜこのタイミングなんだ.エンジンもバッテリーも冷えてる朝イチなら分かるんだが.それに,毎日乗ってるのに,おかしいなぁ…?
思い起こせば,今朝いつもよりちょっとエンジンがかかりにくかった気がする.そうか,あれ,前兆だったのか.
比較的近く
(500mくらい)にバイク屋はある.しかしまだ7時半だ.やってるわけがない.バイク屋のレスキューったって,どこに電話をすりゃいいんだ? JAFって2輪でも来てくれるのかなぁ? カミさん呼んでも車で引っ張って貰うわけにもいかないだろうしあまり意味がない.
いずれにせよ,僕は仕事に行かねばならない.バイクさえ動けば職場まで15分もあれば十分なのだが.
…よし,押しがけ,やってみるか!
隼は乾燥重量で約220kg.ほぼ満タンのガスやオイルを含めると240kgってところか.上着を脱いでヘルメットと背中のディパックを道ばたに放り出して,僕は覚悟を決めた.頭のなかで2回くらいシミュレーション.いくぞぅ〜.
うぉ〜そりゃそりゃしょりゃしょりゃ,ぴょーんがつっうわったった,がきょっずしゃ〜ぴた.
(押している→跳び乗る時コブにブーツをぶつけて転びそうになった→1速に入れてクラッチを離したとたん後輪がロックして停車した)
……1速だったのが良くなかったかな? もう1回,やってみるか.
うぉ〜そりゃそりゃしょりゃしょりゃりゃりゃりゃりゃ,たんぴょーん,がきゅ〜んずしゃ〜ぴた.
(さらに速く押している→左足をかけてからヒラリと跨って→2速に入れ半クラにするもまたしても後輪ロック)
だめ.こりゃ,いよいよ困ったな.犬
(ブリティッシュコーギー)の散歩をしてるおばちゃんに近くの下り坂を訪ねてみたが,なんと15分も行ったあたりにしか無いらしい.もうひとり犬
(黒犬.ラブラドール犬?)の散歩のおじちゃんにも聞いてみたが,やっぱりここいらはずっと平地で近くには上り坂も下り坂もないと.
(このおっちゃん,腰痛がなけりゃ押すの手伝ってやれるのになぁ,って言ってくれた.ありがとよぅ) 途方に暮れてみたが解決策は浮かんでこない.仕方ない,とりあえず家の方に向かって押していくか.上着とフリースをカバンの中につっこんで,コブ横にぶら下げると,僕は隼をUターンさせた.信号を渡って下り側の歩道を押していく.普通に歩く速度の2/3くらいかなぁ.普段の歩行速度が時速4.5kmとすると,いま時速3km程度,家につくまで1時間強だろうか…,なんて計算しながら歩いていったが,まさに机上の空論.5分も押さないうちにアゴがあがり始めた.少し押しては立ち止まってしまう.立ち止まってしまうと,動き初めの重いこと
(さすが240kg).こんなんじゃ家に帰るの9時まわっちゃうぜ〜と音を上げかけたとき,遠くにガソリンスタンドが見えた.
…そうだ,ジャンピングって手があるじゃないか! ガソリンスタンドならブースター置いてるはず.隼のバッテリーどこにあるか知らんけど,まぁなんとかなるだろ.
急に元気が出てきた.GSまで300mくらいあったけど,一気に押していく.
烏山の信号のところで,対向車線側に渡るべく
(歩行者信号の)信号待ちをしているとショーウィンドウに隼とおいらが映っていた.…やっぱり隼はでかい.おいらがメットかぶっていないせいか,特に大きく見える
(カナダの隼サイトの写真なんか見てると隼が400ccクラスに見えるんだけどね:笑).
と,その時.隣のねーちゃんと目があったら,なんと話しかけてきた.
「かっこいいバイクですね」
おおぉ〜!? 割と可愛い同い年くらいの女の子.しかし知らない女の子から話しかけられたことなんて初めてだ.さては,この子もバイク乗りかっ?
「いえ,自分では乗ってないです」 なるほど,たぶん彼氏あたりがバイクに乗ってるんだろう.
「1300? すっごく早そうですね」「いや,エンコしちゃってさ.なんぼ速くてもエンジンかからなきゃ重いだけ」
「え〜このバイク押して来たんですか.大変ですね〜」
信号が青になるまでおしゃべりして,「頑張ってね〜」「ありがと〜」と別れたが,ニコニコしてるのが自分でも分かる.押すバイクもなんだか軽い.さっきまで沈んでた気持ちが,嘘みたいに元気になってた.俺って分かりやすいなぁ….
信号を渡ったガソリンスタンドに,重い隼を押して入る.どうやら店員はガス欠だと思ったらしいが,バッテリー切れだと言うとピットの方に案内された.ジャンピングを要請し,工具
(六角レンチ)を借りる.さて,どこをどう開けるかだ….カウルなんか開けてみたことないからな〜.左右のカウルの隙間から,下から,前から中をのぞき込む.う〜む,よう見えん.あ,タンクの下かも.タンクなら開けたことあるから気が軽い.まずはタンクを上げてみた.…ない.
じゃぁ,今度はカウルを外してみるかぁと工具に手を伸ばすと,店員にシート下では?と指摘された.シートを上げてみるとバッテリー発見.思ったより,小さい.原付のバッテリーをせいぜい一回り大きくしたくらいの印象だ.これで盗難防止装置に四六時中電気を食われてたら,確かにバッテリーが上がるのも頷ける.
さてクリップを繋いで,電圧アップ.セル・モータ,オン! かかれエンジン!!
…が,「ぎゅんぎゅんぎゅん…」と4〜5回くらいまわるのに,エンジンはかからない.もう1度,もう1度とやるが,どんどん回らなくなっていく.ど,どうなってるんだ.
「あ〜,こりゃダメですね.繋いでダメだと,もうあとはバイク屋に取りに来て貰うしかないですよ」と言って,さっさとブースターを片づけにかかってしまう.おいおい,ちょっと待ってくれ,そりゃないだろ.食い下がろうとするが,無駄だとにべもない.じゃぁせめてバイク屋呼ぶまで端に置かせてくれと頼むが,ダメだという.ちくしょーイヤなヤツだ
(さっきのいい気分がすっとんじゃった).
迷った.バイク屋を呼ぶっていっても,仕事があるから,ここいらにバイクを放置して仕事の帰りにバイク屋に依頼して取りに来て貰うしかない.この日は防犯チェーンも持って来ていなかったから,こんなところにバイクを放置していくことは盗んでくれと言ってるようなものだ.断じてそんな事はしたくない.かといって家まで押して帰るには遅刻してしまう時刻になっていた
(それにまだ家まで3km以上はあったし…).
結局僕はバイクをまた押し始めた.1kmくらいいった甲州街道の旧道に坂があったはず.あそこまで行けば,始動が可能かも知れない.給田に向かって軽い下り坂になっていて,さっきよりは少し楽だった.次の信号までがえらく遠い.隼が普段15秒で駆け抜ける距離を,電池が逝っちまったばかりに,5分以上かけて押しているなんて….と,気が付くと,僕はまた別のガソリンスタンドの前にいた.あれ,こんなところにスタンドあったっけ? 奥のピットにブースターが見えた.一瞬のためらいの後,僕は右耳ピアスのヤンキーにーちゃん
(店員)に声をかけた.
「スンマセ〜ン,バッテリーあがっちゃって」
ピット前に隼を停めて,シートを上げると,にーちゃんは素早くバッテリーを確認し,店の中に入っていった.おぉ,この店員はバイクにくわしそうだ.きっとさんざんバイクをいじっているに違いない.ところが.
「すんません,それと同じバッテリー置いてないみたいです」
え? あ,いや,違う.ジャンピング,させて欲しいんだけど.
「ジャンピング?」
どうやら完全に読み違い.彼はほとんどバイクや車のバッテリートラブルは分からないようだ.ただ,ブースターを好きに使っていい,と言ってくれて,これはありがたかった
(納得行くまで何度でもトライできるもんね).
赤コード(+)をつなぎ,黒コード(−)はエンジンブロックへ.電源を差し込んで,スイッチオン.前の店の店員はこのバッテリーだと15Aまでにしないといかん,といっていた.ので,まず15Aでトライ! 「ぎゅんぎゅんぎゅん…」2〜3回は回るけど,かからない.ブースターのメータを見ると,12V電源のレッドゾーンが20Aとなっていたので,20Aまで上げてもう1度.だめ,やっぱり同じ.何でなんだ!? ヘッドライトを消したり,一時的に防犯装置の配線をカットできれば,多少の足しにはなるのだろうが….ブースターに貼り付けてある簡易取説を呼んでも手順通りできているはずだった.それとも,これはバッテリートラブルじゃぁないのか? とすると,スターターの方に問題があるんだろうか.そうするとトラブルとしては遙かに重く,おいらの手に負えるレベルではない.
しばらく悩んでからもう1度トライ.と,さっきとは比べものにならないくらいセルが元気に回るではないか.やっぱりセル自体には問題ない,こいつはバッテリーだ.「ぎゅんぎゅんぎゅん…」と10回くらいまわったその時,「ブォン!」と隼に火が入った.やった,やった,やったぁ!!! これで帰れる.恐る恐るブースターの電源を外す.大丈夫だ,隼のエンジン音に変化はない.黒クリップ,赤クリップと外して,後かたづけをしたが順調にアイドリングしている.あぁ良かったぁ.店員が寄ってきて「良かったですねぇ」と喜んでくれた.お支払いは,と聞くと代金は要らないという.うぅ,いいヤツだなぁ….
せめて給油して行こう,と思ったが,今エンジンを切ると元の黙阿弥だ
(おまけにガスはほとんど満タンだった).ヤンキーにーちゃんにお礼を言って,僕は隼に跨った.風を切って走る.あぁ,隼が,帰ってきた….
エンストしたら最期だったから,チョークレバーを引き,信号待ちでは少しアクセルを回して回転をあげて,おっかなびっくり,僕は家に帰ってきた.慎重に駐機位置につけてエンジンカット.これでもう動かない.カミさんには無連絡だったから,また帰ってきた僕を見てびっくりしてたけど,もう8時50分で遅刻確実だったから,説明は後.僕は車にのって職場にすっとんでった.
(ちなみに9時10分に着いたけど,遅刻はバレなかった.ラッキー(^o^))
● ● ●
仕事帰りにオートバックスに寄ってバッテリー充電器をゲット.今回の教訓を生かし,ブースター機能がついてるものにした.4000円ちょっとくらい
(充電後自動でオフになるやつはもっとずっと高くて12000円くらいした).
説明書をちゃんと読んで充電.マイナス端子を車体からフリーにして,直接バッテリーにクリップをカマした.隼のバッテリー容量だと,50%充電からの充電が5時間とのこと.今はすっからかんに近い状態だろうから,安全率を見込んで8時間くらいの充電でいいだろう.夜半前から充電をスタートし,翌朝見てみると,充電器の表示は充電完了になっていた.
充電器を外し,マイナス端子を元に戻す.さぁ,エンジンはかかるだろうか?
セルを回すと,「ぎゅん,ドルン!」と一瞬でエンジンに火が入った.やったぜ!
つまらないトラブルだったけど,大変だったなぁ
(押すのが).でも自分で診断をつけて,自分で解決できたから,すごく嬉しかった.隼がちょっと身近になった感じ.これから寒くなるから,バッテリーには更に厳しくなるだろう.定期的
(1ヶ月毎くらいでいいかな?)に充電してやる事にしよう.
その後,原因不明の腰痛に襲われた.思い返してみれば,原因はコレですね…(^^;;
Oct.6th.2003