タマゴが先か,ハヤブサが先か…!

 僕の場合,モノを欲しくなるときはだいたいパターンが決まってる.そもそもあまり物欲は無いほう(と思う)で,ちょっとばかり気に入ったモノがあっても,そのうち忘れてしまうことの方が多い.でも時々強烈に欲しくなるとき(大抵はひとめ惚れ),こういうときはもうどうしようもなくて,お金があろうがなかろうが買ってしまう.買わずに我慢したこともあるけど,必ず後悔することになっているから,最近は無駄な抵抗はしない.

 2002年4月.市ヶ谷で一仕事終えて,いつものピザ原チャで甲州街道を走っているとき,僕はハヤブサに出逢った.あっという間に僕を追い抜いていったそのバイクは,まっ赤で,大きくて,そして丸みを帯びたテールがとても印象的だった.すっごく気になって,もう一目見たくて,頑張って次の信号までに追い付いた.すぐ信号が変わってあっという間に置いてかれたけど,それだけの間にバッチリ一目惚れ.これまでバイクに興味を持ったことすら無かったのに.そのときはメーカーも名前もわからなかったけど,テールに1300GSXって書いてあったのだけは覚えていたから,後でインターネットで検索してそのバイクの素性はすぐ知れた.
 ハヤブサ=隼.最高時速300kmを誇るSuzukiのフラッグシップ・マシンだった.

 欲しいときには迷わないっていっても,モノがモノだけにさすがに衝動買いするわけにはいかなかった.当時の月給20ヶ月分以上(バイクが高いというより給料が極端に安い)という高い買い物だったし,そもそも僕は大型どころかバイクの免許も持っていない.

 というわけでちょっと待ってみた.
 それまで一度もバイク雑誌なんて手に取ったことなかったのに,ハヤブサの記事読みたさに何冊も買った.このバイクの「顔」はインターネットで初めて見たんだけど,第一印象はその名の通り隻眼の猛禽類.かなり個性的な面構えで,これに似たバイクってのは見たことがない感じ.また,しばらくしたころ近くの駅に青いハヤブサが停まっていて,ようやく本物をじっくり見ることができた.(その後たびたび見かけた.どうもこの辺りに巣があるらしい).このハヤブサはテールの膨らみの部分がなくてタンデムシートがついていた.フラッグシップ・マシンとして作り込まれたデザイン,駐機されているのを見ているだけでも伝わってくる圧倒的なパワー,そして他に類をみない一つ目のフロントと流れるようなボディラインはやっぱり格好良かった.
 この機械は,素敵だ.バイク初心者(というか無経験)だし,カタログスペックや,細かい仕様などは割とどうでも良くて,ハヤブサを好きになったのは,単純にスタイルが気に入ったからだ.時速300kmを追うための必然的なデザイン,その機能美に惚れたのだ.

 ただいろいろ調べていくうちに心配にもなってきた.まず,初心者が隼を買うのは,かなり不遜なことなんじゃないか,ということ.
 ハヤブサは,若いころから何台ものバイクを乗り継ぎ,バイクを知り尽くしたライダー達が,その性能とパワー,ステイタスを正しく理解して,更に十分な技量を身に付けた上で手に入れるべきバイクであり,それがフラッグシップ(旗艦)・マシンという称号の意味するところなのではないのだろうか.隼オーナー達のHPからは愛車に対する情熱がひしひしと伝わってきた.小型バイクにすら乗ったことのない僕が「いきなりハヤブサ」ってのは,他のオーナーにも,ショップにも,敬遠されることなのかも知れない….

 他にもある.特に隼オーナー達のHPを読んだところによると,ハヤブサの運転ってのはどうやら難しいらしい(いや,当然なんだけど).HPを作ってしまうほどだから,きっとかなりのバイク好きで様々なバイクを経験してる人ばかりなんだろうだが,その彼等をしてハヤブサはクラッチが微妙で扱いが難しいというのだ.大きくて,重くて,半端じゃないパワーがあるうえに,そんなクセがあるのか….
 今さらながらに気付いたが,バイクって,ぜんぶクラッチ車なんだなぁ.僕の場合,車だって最後にマニュアルの車に乗ったのはもう10年近くも前のことだし,しかもヘタクソで,友人に「お前はクラッチのある車に乗らないほうがいい.」とまで言われたことがある(その忠告に従ってそれ以来ずっとオートマチックの車ばかりに乗ってきた).そうか,ハヤブサにはクラッチがついていたのか….ううむ.

 夏がもうすぐ終わるが,隼にたいする情熱は未だに冷めてこない.免許もない僕の苦悩は続く.

Sep.8th.2002