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The 7th Tale
 

  特ダネだった。それも掛け値なしの。
  タクロウは焦っていた。締め切りは2時間半後。いまから編集部に原稿を直接持っていくヒマはないし、それにまだしばらくはここを出られまい。しかし電話、FAX、E−MAIL、いかなるメディアを使用しても傍聴される恐れがあった。なにしろこの一件は国中、いや世界中が注目している。諜報局や情報マフィア、巷のハッカーに至るまで血眼になってこの件に関する情報を収集しているのだ。素直に送ったのではこのネタがウチのものになる可能性はまずないだろう。やはり暗号化しか手はないか…。乱数変換などではかえって第5世代を使っている諜報局や病院の防諜部に怪しまれる恐れがある。ここは偽装性が高く、コンピューター的処理では解読がしにくいような暗号を用いねばならないだろう。暗号変換コード「KT7.1」(通称ことえり)がまだ社外で使われたことがないはずだ。ひとつこいつに賭けてみるか…

*         *         *


  独身貴族ならぬ独身王族として知られる某M王国の皇太子が突然病臥したのは先月半ばのことであった。ある彼の名前を冠した国際的芸術賞の授賞式がトーキョーで行われ、皇太子は式典に出席するべく来日した。ところがこの会場で満場環視の中、皇太子は突然倒れたのである。式典は直ちに中止され、皇太子は豊島区にある鶉山病院の特別病棟に入院した。
  過労での入院かと思われたのだが、入院は意外なほど長期化した。皇太子の安否が気遣われたが、問題は皇太子の病状に関する説明が何もなされなかったことである。この私立病院の特別病棟は1日の入院費が30万円もすることでも有名であったが、その守秘性でもまた定評があった。担当医の記者会見すら行われず、病院関係者も病室に関与するものは全員外部の人間に接触できないよう制限されていた。侍医が国元から呼ばれ、マスコミは完全にシャットアウトされた。
  1ケ月が経ち、2カ月が経過しても、人々は皇太子の病状はおろかその生死さえ知るすべがなかった。ミステリアスな展開に、この事件は格好のワイドショーネタになったが、いくら「関係者」や「有識者」が証言や推測を並べても真相は以前として謎のままだった。
  とある日のこと。いくつかのマスメディアがある情報を入手した。皇太子の家族(母の王妃と王弟)が訪日するという。またさらに違うルートから、宮廷牧師が呼ばれたという情報が入った。人々は噂した。皇太子はどうも危ないんじゃないか…

  週刊マッドの記者タクロウが特ダネをつかんだのはこんな時である。その入手方法は企業秘密 (^^)。しかしこのネタが記事になればタクロウの名と週刊マッドの売り上げがうなぎ登りに上がることは確実だ。トイレの個室で20分ほどかけて暗号を作成すると、タクロウは鶉山病院一般病棟のISDN公衆電話からFAXを1通と携帯電話からメールを1本打った。