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The 6th Tale
 
  その日の水天は最高に気持ちが良かった。朝方は霧雨が少し降っていたが昼前にはからりと晴れ上がってきて、窓から見る街の風景はコントラストが強い。昨日までは何日も大雨が降っていたのだと舟頭は云った…ようだったが彼女はこのあたりの早口な方言がまだよくわからない。
  手漕ぎの水上タクシーに揺られ、理恵は大きくのびをした。この街では運河が重要な交通手段である。短い旅であったが、家が近づいてくると不思議とホッとする。舟が岸に寄せられると彼女は3日ぶりにわが家に降り立った。玄関は直接水路に面していて、飼い猫のモンタが迎えに出てきていた。
  「ただいま」
  飼い主が何人もいるモンタは腹を空かせてないはずであったが、台所に入っていくとやかましく鳴きながら、彼女の足に身をすりよせてくる。ため息ひとつついてネコ缶を1つ開けてやると、脇目も降らずにエサ箱に顔をつっこむモンタを放ったらかして、理恵は水に面した窓を大きく開け放った。

*         *         *


  目を覚ますと、もう暗い。窓の外の水面には対岸の街路灯やバールの淡い明かりが映り揺らいでいる。ちょっとうたた寝するつもりだったのだが、眠り込んでしまったようだ。時差ボケかもしれない。寝ぼけ半分のまま夜風を楽しんでいると、暗い運河の中を、あたりの雰囲気に似つかわしくない赤提灯をぶら下げた平底船がするするとやってきた。屋台船、おでん屋の植田屋である。
  「毎度〜」
  綱を彼女の方に放ってよこすと、植田屋の親父はニカっと笑った。この男は何故か祖国を離れ、水天くんだりまで来て商売をしている。自分では嵐に遭って水天に流れ着いたんだよ、いやぁまいっちゃったね、などと冗談めかして云っているが、詳しいことは誰も知らない。理恵にとってはそんなことはどうでも良く、植田屋は祖国の言葉でもって話ができる数少ない相手の一人であった。
  理恵が窓枠近くの握りに舟を舫っていると、親父は窓枠にコップをトンと置き、酒を注いだ。どこから手に入れてくるのか、酒は直江津の菊姫である。何を喰う?と親父が目で聞いている。
  「適当にみつくろってよ」
  だいこんと爆弾、それに昆布とちくわが彼女の前に置かれる。早くもモンタが匂いを嗅ぎつけやってきた。

*         *         *


  いつも植田屋がここに居る時は、小舟が何艘も寄って来て賑やかになるのだが、この日は2時間ばかり過ぎても誰もやってこなかった。親父もとうに自分のコップを出して理恵につきあっていたが、ふ…と話がとぎれたとき、思いついたように親父は船倉に降りて行き、1本のビンを持って上がってきた。薄い青色をした、美しいビンである。口はコルク栓にロウで封がしてあって、そして…中には紙が1枚入っている。理恵はひと目それを見ただけでわくわくしてきた。
  「昨日店じまいしてから帰る途中にね、拾ったのさ。こういうのはお前さん好みだろうと思ってね…」
  図星である。ポケットナイフでロウの密栓を削り取ると、植田屋からボトルオープナーを借りて(いちおうワインなども置いているということか…)、コルク栓を勢い良く引き抜いた。紙を取り出すのに少々苦労したが、割り箸を使うと、上手く引っぱり出すことができた。そこにはこんなものが書かれていた…