九尾の狐-II/The 2nd Tale




 互いにもう5〜6本ずつも空けていただろうか。暗号屋はなかなか話上手で、私は彼の説く暗号論に聞き入っていた。もちろんとっくに終電は過ぎていたし店も我々の他にはあと2人がいるばかりだったが、どうせ店は客がいなくなるまでやっているので遠慮は要らなかった。



 「解くことを前提に暗号が作られる限り、この世に解けない暗号などというものはないのです」

 ふむまぁそれはそうだろう。解けない物では相手に伝わらないではないか。

 「暗号というものは、本来特定の相手にのみ情報を伝達するために存在します。しかしその実行は難しい。ある特定の人物には解ける、他の人間には解けない、というのは絶対的な能力の差が存在しない限り不可能と云っていいでしょう。もちろんそんな絶対的な能力差などあり得ません。語学能力や分析能力などにより生じうる差異など複数の人材と高速のコンピュータ、それに多少の経験があれば崩れてしまうからです。従って実用暗号では違うことを考えなければなりません。」

 するとどのようにすれば暗号というものが成立するというのだ。

 「最も一般的かつ唯一と云って良い方法に暗号鍵を使う手があります。キーを持っているものと、そうでないものに、その暗号を解くのに圧倒的な時間差がかかる。こう云う暗号であれば、それなりに役に立つと云ってもいいでしょう」

 なるほど。どんな情報であれ、新鮮でなくなればそれだけ価値がなくなっていく。例えば何月何日に某大手企業の株が公開される、そんな情報が上場後に得られたとしてもそれは全く無意味な情報に成り下がっているわけだ。つまり暗号は解読されても構わない、そして解読にかかる時間の彼我の差こそがその暗号の存在意義となる、ということになるのだろう。

 「従って我々の商売というのは、その時間差を可能な限り短縮することにある、と云ってもいいでしょう。」

 ふ〜む。なるほど、因果な商売だ。だが面白い!
 私はすっかり引き込まれてしまった。こうなると具体例が見たくなるのが人情というものだ。だが、こちらは堅気でそんな暗号なぞに触れる機会はない。もちろん後日暗号屋の店に行けば暗号を見せてくれるかもしれないが、それでは金を取られるかもしれない。いや、取るだろう、相手はそれで商売をしているプロなのだから。いや、そんな大それた暗号でなくていいのだ。何か簡単なものでいい、いま、それを見てみたい!

 そこで私は暗号屋に何か暗号の例を見せてくれないかと頼んだ。暗号屋はいまはオフですから…と渋っていたが、私がしつこく頼み込むとやがて折れた。

 「…仕方がないですね。それでは、ちょっと試してみますか?」

 暗号屋は店主に乞うてボールペンを借りると、少しばかり考えた後に手元の紙に筆を走らせ始めた。面白いことになってきた。覗きこもうとすると、見ているとすぐ分かってしまう、向こうを見ていてくれと云う。丁度尿意を催していたこともあり、私はすぐそこにある公園の公衆便所に用をたしに出た。
 戻って見ると暗号屋は丁度それを書き終えたところだった。暗号屋はにやりと笑ってその紙を私に差し出した。私は暗号屋に問うた。

 「これが暗号? 流石にさっぱりわけがわからないな。これ、私でも解けるのかい?」

 「その通りです。キーはありません。キーが無くても解けるし、なおかつ用をなす、これはそんな暗号です」

 暗号は百文字もない短いものだった。漢字も平仮名も混じっている。まぁもちろんそのままでは読めないが、キーがないという以上、そんなに難しいとも思えなかった。眉を寄せて考え始めた私に、暗号屋は今度は私が便所に行って来ます、五分程で戻りますがその時までに解けなければ私の勝ちですよ、と云った。私は適当に手を振って暗号屋を追っ払うと、暗号に集中した。

 これがその暗号である。


少ゃあしちっばなたか暗らり号おので目間充に時分掛間でかをすり稼。まげさしれてょば幾う良野。いさ御時ん馳な、走ぞま様こたでんごしな縁たちが。





ここからが問題です。メッセージの暗号を解き、その法則を見いだして下さい。そしてこの法則に従って「tptrooalrpae」を復号し、下の「解答入力」をクリックして入力して下さい。(Java Scriptを使用しています)

解答入力
難易度 ★★☆☆☆予想解答時間 〜10分
Specter:組むのが実に簡単な暗号