出版によせて

 『キュアからケアの時代へ』を「死」ということを考えながら興味深く読みました。原君の恩師の高橋 誠先生が「死への準備教育」の講義をされているということが往復メールのきっかけのようですが、「死を教える立場」と「死を看取る立場」での意見の交換は、究極の問題をそれぞれの立場で深く考察していると思います。医師ですら取り扱いに苦慮することがある死や終末医療の問題に焦点をあわせつつ、医師と死を教える教師とが、人生における死の問題と、医療における死の問題について、真正面から議論しているところにこの本を出版する第一の意義があると思います。

 二つ目の意義は、キュアとケアを対比させることによって、著者らが目標とする医療の方向性を示していることにあると思います。平成12年度から介護保健法が施行されました。介護とは、Care(ケア)の和訳になります。日本も高齢化社会を迎え、福祉社会の実現のためには、ひとりひとりがケアの問題を真剣に考えなければならない時代でもあると言えます。医師の業務の中にも、患者さんへの精神的なケア、褥瘡のケアなど、ケアを含む表現はたくさんあります。しかし、医療機関の中では、救命というCure(キュア)の仕事が医師の仕事で、介護というケアの仕事は看護婦さんの仕事と区分けされることが多いように思います。また、看護業務も患者さんの体温・血圧・脈拍・呼吸といったバイタルサインを偏重する気運があることを感じることがあります。患者さんや御家族が求めているのは質の高い医療ですが、質の高い医療には充実したケアが不可欠であることは疑う余地はありません。ケアを大切にする医療の重要性を再認識しました。また、究極のケアである終末医療におけるお看取りを考えるときに、この本は「単なる延命だけが幸せなのか」ということを個人の価値観に置き換えて考えさせる題材を、提供していると思います。

 = 中略 =

 この本は副題にありますように、「恩師と教え子の医師との往復メール」という形式をとっています。高校の恩師との往復書簡の類は、今までの医師の随筆にはない、特別なパートナーとの形式であるように思います。この本は、いままで気付かなかった大切な主張を多く含んでいます。昨今の教育現場では、学級崩壊などのマイナスイメージの話題が多いようですが、高橋先生と原君の場合は、良い師弟関係が成立しているようで、うらやましい限りです。原君は医師になりましたが、高橋先生の教え子であることは一生変わらないでしょう。お互いを良く知り、理解し、いつまでも語り合える関係を築かれた高橋先生の教育方針も見逃せないポイントであると思いました。

 最後に、本書が教育現場の皆さんから、病院の患者さん、そして若い医師に至るまで、多くの方々に愛読されることを期待いたします。

慶應義塾大学医学部教授、慶応がんセンター所長  日比 紀文