百日咳抗体検査を実施した成人症例の臨床症状と検査所見の検討

―平成18年7月から9月の診療から―

(臨牀と研究 84:91-4、2007)

はじめに

 咳嗽は内科外来受診者の主要な自覚症状のひとつである。鼻汁、咽頭痛、咳嗽、喀痰のいずれかの自覚症状を認める場合に「風邪を引いた」という場合が多い。かぜ症候群には自然治癒傾向の高い普通感冒や寒冷曝露による生体反応も含まれているため、市販の総合感冒薬で治癒する場合が多い。しかし、市販薬が無効な場合や発熱や咳嗽などの症状が激しいか長引く場合、あるいはインフルエンザや溶連菌感染症などの感染症を懸念した場合には医療機関を受診する割合が高くなる1)。このような市販薬で軽快しない咳嗽の中には、成人百日咳も含まれていると考えられる。百日咳は決して過去の疾患ではなく、初発症状は普通感冒との区別が困難なため外来診療では注意が必要である2)

 百日咳を過去の疾患と誤解する原因のひとつには、百日咳ワクチンに対する誤解がある。百日咳ワクチンは沈降精製DPTワクチンに含まれているため、本邦の人口の多くはワクチン接種者である。しかし、現在のワクチンでは終生免疫を得ることができない。したがって、小児期にワクチンを接種していても、一定の期間が経過すると百日咳に罹患する可能性がある。また、百日咳は小児の疾患という先入観も根強く残っている。疫学的には夏期は百日咳の発生が増える時期である3)ため、咳嗽などを主訴とした受診者の内科診療においても百日咳は鑑別診断されるべき疾患である。

 百日咳のもうひとつの問題点は、診断用の迅速キットが市販されていないことである。そのため、効率良く早期に確定診断をすることは難しい。検査施設の対応にもよるが、一般の内科診療所では百日咳の抗体検査には7日程度の日数が必要であることから、抗体検査の結果は早期診断には役立たない。そのため、自覚症状や理学所見と抗体検査以外の一般検査の所見から百日咳のスクリーニングを行うことが、初期治療を開始するにあたり重要である。

 本稿は症例数の限られたretrospectiveな検討であるが、百日咳抗体検査を実施した成人受診者の自他覚症状や、末梢血検査や血清CRPなどの検査所見を解析し、百日咳の初期治療を開始する根拠となる所見を見いだすことを目的とした。

 

(略)

 

考察

 百日咳は百日咳菌またはパラ百日咳菌を原因菌として、飛沫感染または接触感染で引き起こされる疾患である。

(略)

 今回の検討を通して、成人百日咳は予測していたよりも多数存在する可能性があると考えられた。全例に検査を実施していないため参考値ではあるが、外来受診者に占める成人百日咳症例の割合を算出した。調査した3ヶ月間に、鼻汁、咽頭痛、咳嗽、喀痰のいずれかの症状で来院した症例は107名(カルテベース)だった。その中で百日咳の抗体価上昇例の割合と確診例の割合は、それぞれ7.5%、0.9%だった。

 

結語

 成人百日咳の初期治療を開始する根拠となる所見を検討した結果、問診において発熱のない連続咳嗽を有する症例、末梢血所見やCRPにおいて炎症所見に乏しい所見は、成人百日咳のスクリーニング項目として有用であると考えられた。また、シングル血清であっても、百日咳抗体価160倍以上は診断価値が高いと考えられた。