メール10<ジャミー先生へ>

 ホスピスの精神には、忘れてはならない医療の原点の精神があると思います。看護婦さんは英語でnurseですが、語源は抱くとか乳を与えるという意味です。病気を治すことは私達の大切な使命ですが、医療従事者として、それ以前に大切なことがあると思います。それを、この往復メールの中で明らかにすることが出来ればと思います。では、自らの反省と決意を込めて、Cureからcareの時代へ(3)をお送りします。

 Cureからcareの時代へ(3):私の外来診療1

 外来診療において大切にしたい事項について、私の考えをまとめてみました。長くなりそうですので、本日はその前半をお送りいたします。

 1)主訴をはずさない。

 主訴とは、医療機関を受診する患者さんが訴えている中心的な症状を指します。診療にあたって、私達医師は、当然ながらこの主訴を最重要視しなければなりません。私も患者さんの主訴をきちんと把握するように常に注意をしています。自分の専門分野や最近学んだ知識に捕らわれてしまうと、診療の方向が、患者さんの主訴とは離れた方向に進んでしまうことを経験したことがあります。主訴をはずさないことは診療の基本ですが、そこには陥りやすい落とし穴が隠れています。

 2)患者さんがどの程度衰弱しているか、どの程度困っているかを見極める。

 病院の外来診療では、緊急検査が必要か、点滴などの緊急治療が必要か、入院治療が必要かを見極めることが大切なことであると思います。患者さんのMotivation(受診の動機)の考えますと、開業医さんに行かずに病院を受診したということは、それなりの理由があることがあります。患者さんが、病院でなければできない検査や入院治療を求めているから、病院を受診するということもあると思います。患者さん自身、このことをはっきりと意識していないこともありますが、潜在的に検査や入院を希望していることもあると思います。従いまして、病院の勤務医としては、患者さんがどの程度衰弱しているか、あるいは、どの程度困っているかを見極めて、緊急の検査・治療や入院を勧めるかどうかの判断をすることが、 患者さんの潜在的なMotivation(受診の動機)にあった診療姿勢であると考えています。

 3)スピーディーに診療する。

 端的にいえば、「外来での説明は簡潔に済ませる」ということになりますが、誤解を招きやすい内容ですので、説明を加えます。

 昨年、病院が患者さんにアンケート調査したところ、病院に対する不満の第一位はダントツで「待ち時間が長い」ということでした。医者の技術に対する不満でないことは医師にとっては有り難いことです。「待ち時間が長い」ことに対する不満というのは、病んでいる患者さんの本音だと思いますが、患者さんのエゴとも取れると思います。例え話としては不適当かも知れませんが、ラーメン屋さんの場合は、美味しいお店には行列ができ、店に入るまでに30分以上か待たされるお店もあるということを聞いたことがあります。それでもお客さんは行列を作って待っています。元気な方の行くラーメン屋さんと、病気の方の来る病院の話を同等に扱うのは無理がありますので、例え話として不適当かも知れないと申し上げましたが、もしもこの話を病院に置き換えたら、待ち時間の長い病院はラーメン屋さんでいえば美味しい店、あるいは人気のある店に相当すると思います。待ち時間の長い病院に来ていることに安心感を持っていただきたいのですが、具合の悪い時に患者さんは病院に来るのですから、我慢して待って下さいというのは酷な話だと思います。早く診てもらいたいというのは病んでいる患者さんの本音ですし、私が病気になったとしても、きっと「待たせないで」と思うでしょう。そこで、先のアンケート結果を参考にして、私は外来診療の基本を「時間をかけて説明する。解るように良く説明する」から「スピーディーに診療する」に変更しました。この点も誤解を招きやすいですので、少々説明を加えます。話は飛びますが、私は大学の時に一生懸命に弓道をしていた時期がありました。日本弓道連盟の道場に籍を置いて練習をしていました。その時、高段者の先生から「ゆっくりと丁寧は違う」と教えていただきました。段位の認定審査などでは、丁寧に弓をひこうとすると概してゆっくりになりますので、そのことを戒めての言葉でした。この「ゆっくりと丁寧は違う」の真意を医療に応用すると、「基本を外さず的確に仕事をすれば、短い時間でも良い診療ができる」ということになると思います。診療時間の短縮をするためには、いくつかの工夫も必要となります。例えば、成人病(生活習慣病)については、ポスターやパンフレットを利用することによって、個別の指導を簡略化することが出来ます。ポスターやパンフレットは、病気への対処法や日常生活の注意を知っていただく上で効果的で、診療時間の節約にもなると考えています。私が使用している成人病のポスターは、添付書類で同封しますのでご覧下さい。

 4)余計な検査はしない、痛い検査はさける。

 こちらも基本的なことですが、患者さんを見ずに病気を見ていると忘れがちなことです。レストランで注文をする場合、お客さんは自分の希望とメニューや価格を見比べて注文をします。医療の基本は患者さんの同意の元に行われるという事ですが、検査や治療のメニューはお客さんである患者さんが直接選ぶのではなく、患者さんに必要であるという名の元に医師が選んでいるとうのが現実です。今日の医療では、検査や治療を選択する主導権は患者さんではなく医師にありますので、患者さんから「必要以上の検査をされた」という不満が出る可能性が高くなります。こういった批判の全てが正当であるとは言いませんが、検査漬け・薬漬けという指摘を受けることにもなりかねませんので、検査や治療は慎重に選択しなければならないと思います。検査について言えば、患者さんが「必要以上の検査である」と思うものには、苦痛の伴う検査があると思います。

 苦痛の伴う検査(痛い検査)について、消化器病関連に例を取ると、大腸検査があります。大腸検査とは大腸癌などを発見する検査を指しますが、注腸造影検査と大腸内視鏡検査があります。共に、検査の前には下剤を使用して腸をきれいにし、検査自体も楽にする工夫はありますが、ある程度の苦痛があります。従いまして、大腸検査は痛い検査の代表です。それでは、どんな時に大腸検査を患者さんに勧めるべきかを考えてみます。統計学的検討による症状と大腸癌の関連では、大腸癌と密接に関連する症状は下血と、便通異常や便の形の変化であると報告されています。腹痛は特別な場合を除いて大腸癌と関連する症状では無いことが多いようです。大腸癌の発生頻度が高くなりましたので、大腸癌を警戒するあまり腹痛の時に大腸検査の患者さんに勧める場合がありますが、腹痛が主訴であれば大腸よりも他の消化器系や腎・泌尿器、婦人科関連の領域で疑うべき疾患はたくさんあります。大腸癌は見落としたら困りますが、検便の検査でかなりの拾い上げが可能です。少なくとも、腹痛の患者さんには苦痛を伴う大腸検査をする前に、苦痛のない検便検査を一次検査として行うべきだと思います。

 余計な検査は、時間を無駄にしますし、余計なお金がかかるとにもなります。また、精神的にも負担になります。痛い検査とは、体に負担がかかる検査でもあります。患者さんの状態にもよりますが、まずは簡単で痛くない検査を心掛けて、スリムな診療をしたいと考えています。(次回につづく)

1998714

ポコ