CureからCareの時代へ

(Death Education の意義)

 

「癒すことはときどきしかできなくても、和らげることはしばしばできる。しかし、病む人の心を支えることは、いつでもできることではないか。」

(アンブロワズ・パレ)

 

皆さま、こんにちは。慶応高校の高橋です。

これから2つのことをお話したいと思います。

(1)まず1つ目は、「なぜ、高校生に死を教えるか」ということ。

(2)そして、2つ目は、「死を教えることによって、どんな人間を作りたいか」ということです。

結論から申しますと、それは「自律的個人を作る」ということです。

これからの21世紀の日本社会を考えると、「情報開示」と「自己決定」が重要なキーワードになってくるように思います。この2つは、政治や経済だけではなくて、医療や福祉の分野でも、ますます重要になってくると思います。

しかしまた、この「情報開示」と「自己決定」ほどわれわれ日本人にとって、苦手なものもないように思います。 したがって、どうしても教育が大事になってくるのです。

「自律的個人」を創り出すために、これまで、さまざまな授業を積み重ねてきましたが、「死への準備教育」は、いわば「教師人生の総決算」であり、「最後の切り札」でもあります。

皆さまの中に、「独立自尊」という言葉をこれまでに聞かれた方が、きっとおられると思いますが、慶応義塾はこの「独立自尊の人」を作ることを目的にしております。福澤諭吉は、

「自ら労して自ら食らうは人生独立の本源なり。独立自尊の人は自労自活の人たらざる可らず」、とか

「一身の進退方向を他に依頼せずして、自ら思慮判断するの智力を備えざる可らず」、あるいは、

「心身の独立を全うし、その身を尊重して、人たるの品位を辱めざるもの、これを独立自尊の人という」と、言っております。

今の高校生は、「赤信号、みんなで渡ればこわくない」式の安易な生き方をしております。彼らの日常はオンブにダッコの生活で、集団主義の甘えの中にどっぷり漬かっております。自己決定と自己責任の原則からは、ほど遠い生活なのです。「赤信号」は、ドサクサに紛れて、誤魔化して渡ることが出来たとしても、「三途の川」は、「三途の川、みんなで渡たればこわくない」という訳にはまいりません。渡る人が、「いつ」、「どのように」渡るかを自分自身で決める他ないのです。この「三途の川の渡り方」、つまり「死に方のコツ」が「死への準備教育」であり、したがって「死への準備教育」は個の確立を促して止まないのです。

 

ところで、ある偉い先生が「教えるとは、何々“なさい”と言わずに“させる”」ことだ、と言いました。「個を確立しなさい」と言わずに「個を確立させる」こと、これが「死への準備教育」なのです。

 

(I)Man is mortal

   人間の死亡率は100パーセント

   「死への存在」としての人間

この「死への準備教育」は、ある事実から出発しています。それは、 Man is mortalという事実です。死は必ずやってくる。人間の死亡率は100パーセントなのです。

われわれの体の中では、毎日、約3000億個の細胞が死に続けている、と言われます。もちろん、一方では、死んでいく細胞の数とほぼ同数の細胞が誕生しているそうです。

しかし、このように生まれては死に、死んでは生まれる細胞の新陳代謝というものは、いつまでも続くものではない。いずれ終わりが来る。最近の生物学の研究によれば、われわれの体を作っている一つひとつの細胞の中に、死のメカニズムが備わっているのだそうです。われわれは皆、この死の種子(「死の遺伝子」)を宿して生まれてくるのです。

そうしますと、「死」は「生」の対極としてあるのではなく、「生」そのものの中に「死」がある、と考えるべきではないでしょうか。

「死への準備教育」は「生から死」、つまり生の延長線上の果てに死を考えるのではなく、「死から生」、つまり「死」そのものの中に「生」を考えようとします。「生から死」ではなく、「死から生」を考えることによって、「いのちとは何か」、「生きるとは何か」、そして結局は「自己とは何か」を問い直そうとするのです。

 

(II)Cureの時代

   延命第一主義・死は医学の敗北

   死の否定・拒絶・タブー化

ところで、前世紀の20世紀はキュアの時代でした。めざましい延命技術の発達もありました。しかし、医療は延命至上主義となり、死が否定され、タブー化されたのです。死は医学の敗北と考えられるようになってしまいました。そこでは、医療は、ただ、ひたすら生かそうとする方向にのみ進み、何のために生きるかは問いません。

しかし、いくら医療が進んだといっても、死が滅ぼされたわけではありません。依然として、われわれは死ぬ身であって、だれ一人、死を免れる者はないのです。

 

(III)Careの時代

   死にゆく患者と家族への援助(Spiritual Care)

   死を受け容れて生きる

したがって、これからの21世紀の医療は、命の長さだけでなく、命の深さが問われなければなりません。ソクラテスが言っているうように「生きることでなく、よく生きることをこそ、何よりも大切にしなければならない」のです。それが、これからの21世紀の日本の社会がめざすべき方向ではないでしょうか。

半世紀前の「人生50年時代」には、人は老いる前に、元気で死ぬことが出来ました。しかし、「人生80年時代」の到来とともに、いわゆるPPK(ピンピンコロリ)や「早くお迎えが来て欲しい」というのでは、一体、何のための長寿世界一だったのか、ということになります。

 

永六輔さんの書かれたベストセラー『大往生』。その「まえがき」に、こんな話が紹介されている。

・・・その頃、出演していた子供電話相談室で、「どうせ死ぬのに、どうして生きてるの?」という質問に絶句した。・・・

「どうせ死ぬのに、どうして生きてるの?」。子供らしい、素朴な疑問ですが、問題の本質をよく突いています。有限な存在である人間は、その有限をどう生きるか。人は必然の死をどう生きるか。まさに、命の長さではなく、命の深さが問われています。

そう考えたとき、これからはキュアの時代からケアの時代でなければならない、と思います。いわんや、ケアのない機械的なキュアはゴメンです。むしろ、たとえキュアされなくても、癒しHealingのある社会を望みます。

なぜなら、ただ生きることでなく、よく生きることこそ、何よりも大切にされなければならないからです。医者はときどきしか「治すこと」が出来ない。「和らげること」はしばし出来る。しかし、「病む人の心を支えること」はいつでも、医者でなくても、だれもが出来ることですから。

「死への準備教育」がそのように日本の社会を変える力になれば、と考えています。死を否定する代わりに、死をわれわれの生の一部と考えるような社会。死を受け容れ、生かされている今をどう生きるかをいっそう深く考える社会。そのような、もっと人間的な社会に変える力になることが出来れば、と考えています。

 

(IV)「東京・生と死を考える会」の3つの目的

 (1)「死への準備教育」の普及促進

 (2)終末期医療の改善と充実、ホスピス運動の発展に尽くす

 (3)死別体験者のわかちあいの場をつくり、その立ち直りを援助する

さて、そのような社会をめざして、「東京・生と死を考える会」は、次のような3つの目的を掲げて、上智大学のアルフォンス・デーケン先生を中心に活動をしています。

まず第1番目に掲げている目的は、「死への準備教育」の普及促進ということです。今のところ、学校教育における「死への準備教育」に力を注いでおりますが、「死への準備教育」は学校だけに限りません。生涯教育として、ライフサイクルのあらゆる段階で「死への準備教育」が行なわれることが望ましい、と考えております。

次の2番目の目的は、終末期医療の改善と充実です。これは、もはやキュアの手立てがなくなったとき、苦しみのなかにある患者とその家族を、どう社会が支えていくのか、という問題です。コミュニケーションとスピリチュアル・ケアがキーワードになるのではないか、と思います。

 

「人は生きてきたように死んでいく」と言われるように、生きざまが死にざまに反映されるといわれます。どのような生き方をしてきたかが決め手になるとすれば、ここに至るまでの「死への準教育」の果たすべき役割は、極めて大きいと言わなければなりません。

「ホスピスの母」と呼ばれるシシリー・ソンダース先生は、次のように言っている。

「人がいかに死ぬかということは、残される家族の記憶の中に永く留まり続ける。・・・最後の数時間に起こったことが残される家族の心の癒しにも悲嘆の回復の妨げにもなる・・・」 つまり、「心が癒されるか」、「悲嘆からの回復の妨げ」になるかは、死に方が決めるというのです。

「死への準備教育」では、「みんなで学ぼう死に方のコツ」というスローガンをうたい文句にしていますが、一人でも多くの「死に上手」と「死なせ上手」の人を育てること、これが授業の目的なのです。

今、申し上げましたように、死は残される者にも重大な結果をもたらしますから、「東京・生と死を考える会」では、死別体験者のわかちあいの場をつくり、その立ち直りの援助をするという第3の目的も、大事に考えております。

 

(V)Death Education は Life Education

   「よく死ぬことはよく生きることだ」

   死に方y=f(x)   x:生き方

レジュメの5番目に挙げました「Death EducationはLife Education」に移りたいと思います。

このことを教えてくれる教科書は、死にゆく患者さんをおいては他にありません。その点では、元気な人は、どうも当てにならないようです。患者さん自身が「死をどう生きたか」。そこから、われわれは学ばせてもらう他ないのです。

その時、われわれは「死に支度」が「生き支度」であること、「死に甲斐」が「生き甲斐」であること、「死に方のコツ」が「生き方のコツ」であることを、知らされるのです。また、「人は生きてきたように死んでいく」のですから、「よく死ぬことはよく生きること」にもなります。

 

(VI)引導をわたせる人になるために

   「アートとしての医療」、「アートとしての看護」

   死に対決できる術を学ぶこと

さて、これからポイントの2つ目に入ります。

科学と死との闘いの歴史において、最後に勝利するのは、いつでも死であります。医学がどんなに頑張ってみても、最後は死に敗れる。ということは、「生の医学」には限界があるということです。そして、「生の医学」の限界への反省から「死の医学」という考えが医師のあいだで芽生えてきました。

日本では1970年代初めから「死の臨床医学」の研究が、一部のターミナル・ケアの医療従事者によって進められてきました。

その後、アルフォンス・デーケン先生によれば、日本では1986年頃から「死のタブー化」の時代は終わり、今、21世紀の新しい局面を迎えています。

これからは、「医療従事者によるターミナル・ケアの時代」から、更に一歩を進めて「教育従事者による死への準備教育の時代」にしていかなければなりません。更に、学校を足がかりにしながら、それこそ「揺り籠から墓場まで」市民教育の一環として、「死への準備教育」がなされるようになることを願っています。

最近のクローン技術や万能細胞の研究成果には驚かされます。と同時に、このような研究と開発の行く末に、非常に大きな不安を抱かざるを得ません。このような問題に、きちんと対応していくことが出来るようになるためにも、われわれ一人ひとりが「死への準備教育」を通して、自分なりのしっかりとした死生観を確立していく必要性があるように思います。

「死への準備教育」の究極の目的は、「引導をわたせる人となれ」であります。この言い方は、私のオリジナルではありません。九州大学の医学部とゆかりの深い三宅速(ハヤリ)という医師の言葉です。三宅速は「引導をわたせる医者となれ」と言いましたが、それを文字って「引導をわたせる人となれ」としました。

 

 

これは高校生諸君が、身近な家族の二人称の死を迎える時に、引導をわたせる人になって欲しいということ。そして、今度は自分自身の一人称の死を自ら迎える時に、自らに引導をわたせる人になって欲しい、という願いを込めております。いつまでも頑張れ、頑張れではないのです。それまで精一杯、散々、頑張ってきたはずです。もう「がんばらな」くてもいいのです。「ご苦労さまでした」と、上手に手放すこと(To let goすること)を学ぶ、そのための「死への準備教育」なのです。

三宅速は医学部に進学したばかりの息子から尋ねられた。

「一体、私はどんな医者になればよいのでしょうか」と。

その時の答が、

「引導医者になることだ」であった。

余談になりますが、私はこのくだりを読んだ時、すぐに思い出したことがあります。それは、あの「新老人」運動の日野原重明先生が書かれた『死をどう生きたか』です。大変有名な、この本です。冒頭に、「死を受容した十六歳の少女」という文章が載っています。副題として、「担当医としての最初のハプニング」という題が付けられています。主治医として世話をされた患者さんの死を通して、日野原先生が人間の生き方を教えられた、印象深い患者さんの一人です。

その中で、日野原先生はこう言っておられます。この無名の貧しい女工さんが死んでいくとき、立派な仏教の信仰者だったのだから、「なぜ私は、『安心して成仏しなさい』といわなかったか?」と。駈け出しの日野原医師は、まだ「引導医者」には育っていなかったわけです。

話を元に戻しますと、三宅速は、

「患者さんやその家族に『この人に脈をとってもらって死にたい』と、いまわの際に呼ばれるような医者になれ」と言ったのです。

そして、「患者さんから治療に未練を残さず、その手当てに満足しながら、あの世へ行けるよう引導をわたすには、心をこめてケアに当たらねばならんぞ。」と息子に諭した。

「引導医者たれ」とは、言うは易し、行うは難し。医学生にとって、大変難しいことです。高校生に「引導息子たれ」と言うことは、さらに難かしいことです。

そこで、ご来場の皆さまに一つ、お願いがございます。「死への準備教育」は、体験学習が最も効果的ですから、今日、ここにお集まりの皆さまには、子供に先絶たれないよう心がけて下さい。努力することではありませんが、出来ることなら人生の先輩として、ご自分が子より先に旅立つことを、お心がけ下さいますようお願いいたします。

そして、皆様がお亡くなりになられるときには、「よいか。人間が死んでいくというのは、こういうことなのだぞ、よく見ておけよ」と言って、是非、子どもたちに見せてあげて下さい。最後に、親が子にしてあげられることは、この死んでみせることなのです。在宅で死んでみせること、これが、親が子に残すことが出来る最後の、貴重な贈り物なのです。そういう意味で、是非、皆様自身が「死への準備教育」の生きた教科書になって下さい。

このような不躾なお願いをしまして、私のお話を終わらせていただきます。

ご静聴、ありがとうございました。

 

 

高橋 誠

 

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