モチカエの楽しみ

 我々は自分の楽器はオーケストラの中で一番カッコイイと少なからず思っている。 でも自分の楽器を(本当に)愛しているにも関わらず、ときどき他の楽器を演奏して みたくなってしまう。僕は幸いにもできる楽器が二つ(ホルンとバイオリン)あった のでやってみました。…カケモチ。ところがこれが結構大変。

 オーケストラの練習には合奏以外にも分奏といって弦と管が別々に練習することが ある。普通なら管楽器はプログラムの全曲にのるということはまずないので、分奏の 予定が自分の降り番のときなんかは「よしよしこの2連休は何をしようか?」なんて 事になるが、持ち替えなどすると練習が重なったりする。合奏にしても練習に行く前 に予定をちゃんと確認しておかないと違う楽器を抱えていってさあ大変なんて事にな る。

 でもおもしろい発見もたくさん。オーケストラというものは本当にいろいろな人の 集まりである一方、不思議と楽器によってなぜか似たような人が集まっているようで その楽器独特の世界(文化)を作っている。そんなわけで、おなじオーケストラにい ながらそのパートに入ってみて初めてわかることがたくさんある。

 管楽器は比較的一人で吹くことが多く、度胸がすわってない僕なんかは演奏会の度 に緊張してしまってファの音が出したいのにいくら頑張ってもでてくるのはふるえた ドの音だけなんていう「クラリネットこわしちゃった状態」になる。まわりの人は誰 も吹いてないし、「誰か助けて!」ということになる。しまいには「いいよなあ、弦 楽器はお友達がたくさんいて…」なんて思ってしまうのである。その一方で管楽器に はその苦労にみあうだけの楽しみ「ソロ」がある。考えてみると贅沢なことで、ワタ クシなどの拙いソロに大オーケストラのの伴奏がついてしまう。うまくいくと本当に 気持ちのいいものであり、管楽器奏者はオーケストラから足をあらえなくなるのであ る。

 その逆もある。音程をあわせるというのは合奏の基本であるにも関わらず我々アマ チュアにはなかなか難しい。管楽器、特に中低音楽器などはその場でいくらか音程の 調整ができたりするので楽なんですよ。チューバなんかはいくら音程がずれていても、 あ、大変?大変なんですか。そりゃそうですよねえ。ゴメンナサイ。ところが!バイ オリン、これがもう大変。ただでさえ音程のずれが目立ちやすい高音楽器であるのに 同じことをやっている人が何人もいる。ハイポジションでの出だしなんかは神にも祈 る心境で弾く。さらに、弦楽器には開放弦がある。ということは、管楽器が演奏の中 でどんどん音程が変わっていったりするのがよくわかる。そのたびに弦楽器奏者は  「ああ、もっと低く(高く)して!」と祈っているのだ。

 「私たちはこんなにもわかりあえてなかったんですね」なんてことがよくわかって、 それがとてもおもしろいんですよ。持ち替えなんかすると、自分のパートを他のパー トから聞くことができるという不思議な状態になるわけで「あんなにカッコイイ楽器 ナノね」などとあらためて惚れなおしてしまうのである。

 歴史的にみればトランペットとホルン、オーボエとフルートなんて持ち替えはバロ ック時代には普通であったし、他のジャンルで言えばビッグバンドではサックスとフ ルートとクラリネットなんていう持ち替えは当たり前である。そんなことだからカケ モチはやってやれないことはない。

 だいたい本人は複数の楽器を演奏することが特別のこととはおもっていない。世界 を見渡せばバイリンガルは当たり前だし、ひとりで数カ国語をあやつってしまう人も いる。別のことのようだが本人にはそれくらいの(僕は日本語しかうまいこと話せな いがきっと)意識しかないのである。でも複数の楽器をやることで対象とする楽曲の 数もふくれあがり、様々な音楽とふれあうことができることはけっして音楽的にはマ イナスなことではないように思う。音楽大学で副科として他の楽器を練習させるのは こんな思いもあるのではないかと思う。そんなことだから周りの人で自分の楽器と並 行して他の楽器も練習しているなんて話を聞くと応援してしまうのである。やってみ ないとわからないことはたくさんありますからね。でもオーケストラで(しかも同じ 演奏会で)カケモチするのはできないとは決していいませんけど、やっぱりたいへん です。

 自分の楽器を練習して音楽的に上達することが、自分にとって最高の喜びをもたら してくれることを我々は知っている。だからこうして自分の楽器の良さを再確認する たびに気持ちを新たにして練習してしまうのである。そしていろんな楽器が集まるオ ーケストラというものからはなれられなくなってしまうのである。

 これだからオーケストラは楽しい。

Hr.守屋 岳志

区民響機関紙「ポコ・ア・ポコ」第13号(1996年05月19日発行)より収録

Last update:Oct.19 1997
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