■
1.ユーディットの語る次第
ああ、なんてことかしら。
あの気味悪い、タコ頭!!
ここ数日、オービットの様子がおかしかったのは、
あのタコ頭にとりつかれて、操られていたせいらしい。
逃げ出したタコ頭が残したメモから、「寄生・海原のっとり計画」の全貌が明らかになり
みんな、お互いがタコに寄生されているのではないかという疑心暗鬼に囚われて、
神殿中はちょっとしたパニックに陥ってしまったけれど、
寄生タコは逃げ出したアレ一匹だけだったらしくて一安心。
海原第一大神エイビス様への寄生を未然に防いだ私は一躍、時の女神。
でも、私の大事なオービットは意識不明。
医師によると命に別状はなく、そのうち目覚めるだろうとのこと。
しかし、タコの寄生痕により、オービットは頭頂部の頭髪を失っていた。
河童頭が渋く似合う男も世の中には存在するかもしれないけれど、
不幸なことにオービット様はそういうタイプではなかった。
ああ、可愛そうなオービット。
海原保安隊は、副隊長の指揮の元、スクランブル大出動。
三千匹の精鋭イルカ部隊を始め、数にモノをいわせる100万イワシ部隊、隠密水流イカ部隊、
タカアシ甲殻機動隊などなどが、しらみつぶしに重罪犯のタコを追う。
当然、この私もすぐに捜査に参加した。
お義母さまは、オービットの枕元についているのが妻の勤めだとおっしゃったが、
被害に遭ったのは髪の毛だけで、命に別状はないわけだし、
それならば、にっくきあのタコ頭を追っかけているほうが、ずっと気がまぎれる。
四昼夜に及ぶ、七つの海原大追跡の末、私はカタキのタコを発見した。
マーライオンに寄生して、呑気に泳いでいたのである。
オービットに寄生してハネムーンの邪魔をした、にっくきタコ頭は
私を見るなり「ミーハー娘が!」とのたまった。失敬な。
で、私は、にっくきタコをマーライオンの頭からむしりはがしてやったというわけ。
*****
カタキは捕まえたわよ、貴方。たとえ、髪が元に戻らなかったとしても、愛してる。
エイビス様はワカメでヅラを作ってやろうとかおっしゃっていたけど、
そんなの似合わないに決まってる。
そのときはスキンヘッドにしちゃえば、とってもクールでホットでセクシーで素敵よ、たぶん。
でも、スキンヘッドにすると、、なんだかタコを連想してしまうかも。
それはともかく、今夜のご飯は、スダコと、ユデダコと、タコヤキに決定ね。
■

■
2.タコの語る次第
私の名はホロフェルネス。
齢3000年を経たマダコである。
その私が齢2000年にも満たない小娘の手に落ちることになったのは、
以下のような次第であった。
歳を重ねて、特殊な能力を得た生き物の例が多々あるように
私、オクトパスも素晴らしい能力を得た。
寄生能力。
他の生物の頭に張り付き、脳神経にちょっかいを出すことによって、
宿主を私の思うままに操ることができるようになったのである。
せっかくのこの能力である。有効に使いたい。
私は海原大神に寄生し、影ながら、この大海を支配しようと考えた。
今、思えば、それは思い上がったタコの考えであったのだろうか。
*****
海原の神々を支配しているのは、第一海原大神の「エイビス」である。
このエイビスだが、かなりの女好きであり、大海原各地に散らばる隠し子は数百人。
後から後から沸いて出て、認知騒動を巻き起こす隠し子の群れに、
海原神殿の神官たちは手を焼いているらしい。
当初、その隠し子の一人に寄生し、エイビスに近づこうと画策したのだが、
エイビスの正妻である「ネレイド」大女神の目が光っているため、計画を変更、
手始めに、第二海原大神「オービット」に寄生することにした。
エイビスとネレイドの実子であるオービットは戦の神である。
だが、ほとんどの敵を封印してしまった現在、奴は「海原保安部隊」の隊長を勤めている。
神殿に勤めていたことのある回遊魚たちから入手した情報によると、
オービットは父エイビス神とは違い、無愛想で女嫌いの男であるらしい。
私は、そのオービットを通じて、まず海原の武力面を掌握することにしたのだった。
実の息子ならば、エイビスに近づいて寄生するチャンスも多かろう。
オービットが私の住んでいる海域を己の巡回区域に当てていたので、
接触しやすかったのも、奴への寄生を決めた理由である。
*****
オービットが私の潜むタコアナのある崖下を通りかかった時、
私は優雅に奴の上に舞い降り、難なく寄生を完了した。
寄生するためには相手の頭部に乗っからなければならない。
実に目立つ危険な位置であり、すぐに他者に発見される危険を覚悟していた私だったが、
幸い、オービットは大層なカブトを常にかぶっていたため、
その中に潜んだ私は発見されることなく、
オービットとして、海原神殿にまんまと入り込んだのだった。
*****
私は非常にうまくオービットとして振舞った。
他者を避け、ほとんど誰とも会話せず、独りきりで行動したが、
本来、オービットがそのような愛想のない性格であったため、
母であるネレイド女神にも、ほとんど怪しまれなかったと思う。
「これならば、うまくいく」
私はそう確信した。
情報をもっと入手し、エイビス大神に寄生する機会をうかがうのだ。
大海を私が牛耳る日も近い。
******
だが、思わぬ落とし穴があった。
海原女神のユーディットの存在である。
事前に入手した情報には、このような女神の存在はなかったので、
私は少々慌てた。
オービットとはいかなる関係であるか、やたらと世話をやいてくる。
オービットはエイビスの息子にしては、見目の悪いほうではなかったので
おそらくは、ただのミーハー小娘であろう。
このような小娘女神など、私の問題ではない。
私はユーディットを追い払い、その後も避け続けた。
*****
が、とうとう、破滅の時がやってきた。
ある日、エイビスの居室の偵察を終え、自室に戻ろうとしていた私を
ユーディットが待ち伏せしていたのである。
彼女は最近の私(オービット)のつれなさを責め、
離縁するかと問うてきた。
なんということだ、ただのミーハー小娘かと思いきや、
彼女はオービットの妻であるらしかった。
しかも、まだ婚姻後、間もないらしい。
愛想のない女嫌いのオービットに、こんなミーハーな妻がいたとは
思いもよらなかった事態である。
情報収集の完全なる手落ちだ。
おそらく私が回遊魚たちから、情報を集めた後、
彼女はオービットに嫁いできたのであろう。
もっとしっかりユーディットの情報を集めて対処すべきであった。
私の、彼女を避ける作戦が裏目に出てしまったのであった。
適当にいちゃついておけば良かったのだろうか。私は今更、後悔した。
ユーディットは、さらに、私(オービット)の最近の身だしなみについて、責め立てた。
どうやら、姑のネレイドから、妻であるユーディットが厳しい注意を受けたらしい。
確かに私(オービット)は薄汚れてきていた。
私はタコであるゆえ、湯に弱く、風呂に入るわけにはいかないのだ。
服も面倒であるので、数日、同じ物を着用している。
もとより、カブトは脱ぐわけにはいかない。
結果として、私(オービット)は三日間、一度もカブトを脱がず、着替えずじまいでいた。
もちろん、その間、ユーディットを避けつづけてもいる。
新婚の夫に三日もすげなく放置された上、
夫の身だしなみについて、姑からお説教を食らった新妻の怒りは
津波のごとく、激しかった。
私は必死で場を取り繕おうとした。
こんなことで、私の野望が邪魔されてはかなわない。
このようなミーハー娘など、齢3000年の私の甘言にかかれば・・・
だが、怒り心頭に達していたユーディットは、
私の言葉など耳に入れようともしなかったのである。
*****
・・・暴力的な娘であった。
ユーディットに張り倒された私(オービット)は神殿の柱に激突した。
その際、あろうことか、カブトが吹っ飛んでしまったのである。
少々、苦しくとも、アゴベルトをきっちりと閉めておけば良かったが、
もう、あとのまつりである。
オービットの頭の上に鎮座している私を見てユーディットは、悲鳴をあげた。
あげつつも、さらに蹴りを繰り出し、私(オービット)は
完全に彼女にノックアウトされ、床にのびてしまった。
すさまじい形相のユーディットに踏み潰されそうになった私は、
仕方なくオービットの体を捨て去り、テラスから外へと逃れた。
おりしも庭園にはペットのドロナマコたちが放されており、私はそのうちの一匹に寄生し、
泥に潜って、方法の態で海原王宮から逃亡したのだった。
宿主を変えつつ、海原神殿から遥か遠く離れた湾に身を潜め、
どうやら私は逃げおおせたようであった。
**************
だが、私は海原保安部隊とユーディットのしつこさを甘くみていた。
寄生発覚から四日後に、私はとうとうユーディットに見つかってしまったのである。
そのとき、私はマーライオンに寄生し、次の寄生計画を練っていたところであった。
私は、必死の抵抗もむなしく、ユーディットの手によって、宿主から乱暴に
引き剥がされてしまった。
宿主を失った私はただのタコにすぎない。
私は、墨を吹きつつ、ユーディットの腕に力なくからみつくことしか出来なかった。
小娘一人の扱いを間違えたせいで、
順調に進んでいた私の計画は水泡に帰してしまったのである。
*****
私の名はホロフェルネス。
齢3000年を経たマダコである。
その私が齢2000年にも満たない小娘の手に落ちることになったのは、
以上のような次第であった。
捕らえられた私に、今後、どのような運命が待ち構えているのだろうか。
私にはわからない。
だが、あのような妻を持ったオービットの未来ならば、多少なり想像がつく。
私は、かくなる粗暴な妻を持ったオービットに対し、
敵ながら同情をせざるをえない。
たとえ彼女が愛を司る海原女神であったとしても
私ならあのような妻には耐えられないであろうから。
■
(終劇)
|