そこにあなたがいるところ
■
屋根裏部屋にある彼女のベッドの脇に、俺はやるせなく立っていた。
左手に握った鎌の鉄柄が熱かった。
右手に握った彼女の手は冷たかった。
横たわった彼女は、静かに俺を見つめていた。
生気がどんどん逃げ出している青白く病んだ顔。。
3日前に出会ったばかりの病気の娘。
俺は彼女が好きだった。
だが、ああ、畜生。
俺は彼女の首を切らねばならない。
「ねえ。」
彼女が小さな声で尋ねた。
細い指が、俺の手に微かに力を加えた。
「あとどのくらいこうしていられる?」
「そうさな…」
俺は砂時計を眺めた。
彼女の残り時間がガラス管の中を、サラサラと落ち、
天窓のむこうの空は次第にうす青くなっていく。
「太陽が顔を見せるまでってところかな」
「もうすぐね。その時、私の時間が終わるのね」
彼女は穏やかに言った。
俺と彼女は、砂時計を見つめ、ついで、鈍く光る鎌の大きな刃に目をやった。
ああ、畜生。
俺は彼女の魂を、彼女の体から切り離さねはならない。
俺の手で、この鎌で。
それが仕事とはいえ、そうするのが嫌だった。
俺が魂収穫人でなく、癒し手だったら良かったのに。
「そんなに困った顔をしないで。
あなたは言ったわ。そうすることで、私は自由になれるんだと。
私、喜んでいるのよ。
それに…痛みは一瞬なのよね?」
そうだ。痛みは瞬間だ。
俺自身、昔、経験したので知っている。
彼女は一刻も速く病んだ体から自由になるべきだ。
俺が渋っているのは、切り離す行為が嫌だからではない。
「…切り離されて自由になった瞬間、君は新しい君になる。
今の自分のことは忘れちまう。」
俺は未練たらしく、呟いた。
「俺のことも」
そう、俺が恐れていたのは、それだった。
俺のように失った人生に未練たらたらの上、罪を背負いまくっている者は
魂を刈り取られても、生前の記憶は消えることはなく
それらの欲望と罪と記憶に苦しめられつつ、贖罪の時をすごさねばならない。
今、こうして魂収穫人をしているのも、そのためだ。
だが、彼女は違う。
彼女は、まっさらになれる。本当に自由になれる。
彼女は全てを忘れてしまうことを、全く気にしていないようだった。
俺はそれが腹ただしく、どうしようもなく寂しかった。
俺は白状した。
「忘れられるのが辛いんだ」
彼女はひっそり微笑んだ。
「ええ、そうね。今までのことは、全部、忘れてしまうのよね。
でも、たった3日の記憶を失うことを、どうして悲しむ必要があるの?
新しい私は、すぐに、また貴方に会えるっていうのに。」
俺はちょっと考えてから、彼女の言っていることを理解し、
もう寂しくなくなった。
■
▼魂収穫人。生前は農夫だったが、一揆に巻き込まれ若死に。 死んだことに納得できず、うろうろしていると、妙な爺に遭遇。 魂収穫人のスカウトマンである。 魂収穫人は嫌な仕事なので人手不足なのだ… 農夫は、鎌使いが達者だったので、地区担当の魂収穫人に無理やり徴用される。 10000000人の魂収穫を終えたその時に、成仏させてくれるという条件つき。 仮の体を与えられたものの、死期迫った人物にしか、己の姿は見てもらえない孤独な魂収穫人。 ▼仕方なく、成仏めざして、せっせと仕事に勤しんでいたが、妻がアッサリ再婚するのを目のあたりにし、自分が忘れ去られていくことにショックを受ける。 しょんぼりフラフラしながら、このままいっそ、地縛霊か悪霊になっちまおうかとグレかけてた矢先、病気の娘に出会ったのだった。うんぬん。 |
●Photoshop5.0使用●2002.April |
▼塗り上がった頃に構図が間抜けだと気づいて、描き直す。 で、しばらく放置してて見直したら、構図どころか顔も体も何もかも変だと気づいて、またまた書き直す。 …という行為を3ヶ月近く繰り返してました。描き始めとは全然、違う絵になってしまってます。 羽根もガーゴイルも当初は無かった…(苦笑) イチから描きなおした方が良かったなあ… 柔らかい感じの曖昧塗りを追求中。最近、やっとターナーの凄さが判ってきました。 ▼なんだかキリがないので、現段階でトリミングして、ひとまずアップ。でも、これも、また書き直したくなるんだろうなあ。 |