【ILLEGALLY SANE】

審「では発表します。合格者はエントリーNo.1番の方と4番の方です。」

 隣で無言でガッツポーズを取る律子。なんとか今回も無事合格出来たな。

P「おめでとう、律子。じゃあTV出演頑張ってくれよ。」
律「もちろんですよ。無事合格出来たんですから。でも……」

 律子の気にしていることはわかっている。今回のオーディションには運悪く
 うちの事務所のアイドル同士でかち合ってしまったのだった。

P「残念だがこれもこの業界で上を目指すには避けられないことだ。」
律「うんわかってる……」

 律子が見つめる先にはうなだれている千早がいた。
 彼女の担当Pが色々と話しかけているが心ここにあらずといった感じだ。
 千早と律子はほぼ同期で事務所内でもライバルと言ってもおかしくない
 関係だった。
 しかし現実は非情で運命の女神は千早ではなく律子に微笑んだ。

P「千早の分もしっかり歌ってこい。それが礼儀だ。」
律「そう……ね………」

 お互い認め合った仲なので勿論2人して合格したかった。
 だが千早には何かが足らず、その分律子が一枚上手だったと言う事なだけ。

P「よく覚えておけよ。今日は合格したが明日は千早のように不合格になって
  いるかもしれないんだからな。」
律「………………………」

 律子はただただ後味が悪くて今すぐにでもこの場から立ち去りたい気分だった。
 他人を蹴落としてまで上を目指す意味。今までは違う事務所の人達が相手だった
 ので気にしてもみなかったが、今回の結果はあまりにも受け入れがたいものだった。

律「プロデューサー。」
P「ん、なんだ?」
律「この合格って辞退する事、出来ないのかな?」
P「おいおい、何を言い出すんだ。結果が不満なのか?」
律「そうね……正直納得出来てないのは事実ね。」
P「律子、1つ言っておくぞ。オーディションは仲良しごっこではないんだ。
  それに……全力で相手した千早にも失礼だ。」
律「………せ……した……」
P「何か言ったか?」
律「すみませんでした!………歌ってきます……」

 しかしその後の歌は散々なものだった。

P「律子お前なぁ。」
律「すみません……」

 うなだれる律子。俺らは控え室で軽いミーティングをしていた。

 コンコン。

千「律子。ちょっといいかしら?」

 しばし目配せをする律子と俺。俺が頷くと、

律「ええどうぞ。」

 ガチャッ。

千「律子、大事な話があるの。」
P「じゃあ俺は少し席を外すからな。」
千「御配慮ありがとうございます。」

 俺は返事の代わりに片手をあげ控室を去った。

…………………………

千「律子、あなた歌を馬鹿にしてるの!?」
律「……え?」

 千早の声は珍しく怒気をはらんでいた。

千「今回のオーディションには落ちてしまったのは私の力量不足。律子のステージ
  を見て今回私に何が足りないか確認しようと思ったけど…あれは何?」
律「あ、あれは………」
千「歌は一本調子で抑揚もなにもなし、踊りもキレがなくて視線はどこか上の空。
  私達はまがりなりにもプロよ!」

 千早の言葉が心に刺さる。

律「ごめん……千早……」
千「律子の事だから何か理由があるんでしょ?」

 言えない。とてもじゃないが面と向かって言えるはずがない。

律「ごめん……」
千「わかったわ。今は話せないなら深く聞かないわ。」
律「ありがとう……」

 律子の心に罪悪感が浮かぶ。

−−−次のオーディション−−−
審「では発表します。合格者はエントリーNo.4番の方と6番の方です。」

 そして落選。

P「おい、律子どうしたんだ?まるでなっちゃないじゃないか。」
律「すみません……」
 
 前回のオーディション後からあきらかに律子の様子が変だ。
 しかし今回は765プロ同士のマッチングは無かった。

P「何か問題があるのか?」
律「問題というかその……わかりました、控え室でお話しします……」
P「わかった。」

 控え室に向かう途中、通路に千早が立っていた。

律「千早?」

 パンッ! 通路に乾いた音が響く。

千「律子、あなたやる気あるの?」
律「……え?」

 律子は自分の頬をはたかれた事がまったく理解出来ていない様子だった。

千「さっきのオーディションは何?この前より酷いじゃない。」
律「………………………」
千「律子、なんとか言ってよ!」
P「ちょーっとストップだ。律子も千早も一旦控え室で落ち着いて話しようじゃ
  ないか。それでどうだ?」

 俺は無理やり間に入り込んで譲渡案を出してみたが……

千「いえ、それには及びません。私の見込み違いだったようです。律子には失望
  したわ。」

 そう言って千早はこの場を去って行った。

P「おい律子、大丈夫か?」
律「プロ…デューサー……私……もう駄目……」

 あの勝気な律子の目に大粒の涙が浮かんでいた。

−−−控え室−−−
P「落ち着いたか?」
律「すみません……」
P「じゃあまず問題を聞かせて貰おうか。きっと話は全て繋がってるんだろ?」
律「多分……実は……」

 律子の口から前回のオーディションから…千早を相手した時からの心の内を
 すべて聞いた。

P「ふむ、そういうことか。」
律「私、嫌なんです。もう誰かを蹴ってまでして上を目指すのが。」
P「だが世の中どんなことでもそうだろ?勉強もそうだし。」
律「それはそうですけど……」
P「とりあえず今のままでは律子は歌えない、そういうことだな?」
律「うん……それは間違いないわ………」
P「アイドルとして続けていく自信はあるか?」
律「それは……出来るならやっていきたい。でも歌が歌えないアイドルなんて
  先はそんなに長くない事もわかってる。」
P「わかった。一応社長とも相談して今後の方針は決めるからな。それから
  今度は千早の件だ。」

 律子は千早に頬を叩かれたことを思い出したのか頬に手をあてていた。

P「多分千早の事だ。律子の事を慮って来た故の行動だろうなぁ。」
律「でも千早にはとてもじゃないけど言えなかったわ……それこそ
 『歌を馬鹿にしてるの!?そんな憐み欲しくもないわ!』なんて言われかね
  ないわ。」
P「まず言いそうだな。だがな時には千早の事も信じてやってやれよな。」
律「それはどういう意味ですか?」
P「それだけ律子の事を心配して来てくれてたってことだろ?ライバルとしてな。」
律「ライバル………」
P「とりあえず千早の担当プロデューサーとも相談してはみる。」
律「ごめんなさい。私のせいでプロデューサーに沢山迷惑を……」
P「おいおい、何を言ってるんだ。俺は律子の担当プロデューサーだぞ?そんな事
  気にするな。律子は律子でこれからどうすればいいか色々と俺に知恵を貸して
  くれよ。」
律「そう……ね。OK、わかったわ。」
P「それでこそ律子だ。じゃあ今日はとりあえず帰るか。」
律「プロデューサー、今日はありがとう。」

 そう言って律子は先に控え室を後にした。

P「さてと………まずは彼に電話するか。」

−−−数日後、事務所にて−−−
P「と言う訳なんです。」
社「ふむぅ。律子君と如月君の仲がそんな事になぁ……それで方策はあるのかね?」
P「それでですねぇ……」

…………………………
……………………
………………
…………
……

律「おはようございます。」
P「ああ、おはよう。」
律「もしかして……泊ったんですか?」
P「まあな。色々とあってな………だが残念な話がある。社長から正式に決まったよ。
  悪いが律子には1ヶ月後、引退コンサートを開いてもらう。」
律「はぁ………やっぱり駄目でしたか……」
P「俺の力不足ですまなかった。引退コンサートを開くといっても律子に事務所を
  辞めてもらうとかそんなことではないからな。」
律「なに馬鹿なこと言ってるんですか。わかってますってば。プロデューサーには
  感謝してますし、あと1ヶ月よろしくお願いしますよ。」
P「律子……」

 明らかに無理をしているのが容易に見て取れた。

律「ところで千早は?姿が見当たらないんだけど……」
P「それがだな……あの日から連絡がつかないんだ。担当プロデューサーと共に。」
律「それって大事じゃないですか!社長にはもう連絡してあるんですよね?」
P「ああ。とりあえず社長が秘密のルートで連絡を取ってみるという事になってる。
  社長の秘密のルートというのが凄い胡散臭いんだがなぁ。」
律「それより警察に連絡を……」
P「まあ待て。社長を信じて少し待ってみようじゃないか。」
律「そんな悠長な!」
社「では律子君は私を信用してくれてないのかね?」
律「ひゃっ!!」

 いきなり律子の背後に立ち囁く社長。一歩間違えれば変質者呼ばわりされても……

律「社長!いきなり後ろに立たないで下さい!!」
社「いやいや、すまないね。如月君の事ならもう連絡はついた。律子君達は
  引退コンサートの事だけを考えてくれたまえ。」
律「せめて連絡先を教えてもらえませんか?」
社「それは出来ないな相談だな。まあそのうちわかる事だ。では頑張って
  くれたまえ。」
律「ちょっと!社長!社長!!」

 社長の言ったそれは確かに俺達にはっきりわかる形となって現われたのだった。

−−−1週間後(引退まであと2週間)−−−
律「ちょっと!プロデューサー!!これ見ました!?」
P「ああ。俺も驚きだ………」

 律子の手にしている雑誌……そこには『如月千早電撃引退!?』との文字が
 書かれていた。

律「なんで千早が………?」

 しかしその問いに答えられる者はここにはいなかった。

P「そうそう。律子このテープと譜面を渡しておくぞ。」
律「これは?」
P「俺からの最後の贈り物だ。作曲家の先生にちょっと無理頼んだからな。
  アンコール用に使ってくれ。」
律「うん。ちょっと聞いてみる。」

 ヘッドホンを付け静かに聞く律子。

律「プロデューサー、これって………」
P「この曲を歌ってた時が一番律子が輝いていたからな。最後を飾るには
  バッチリだろ?」
律「あ、ありがとうございます!」

 この日を境に律子は更に集中して引退に向けて動いて行った……

−−−引退コンサート当日−−−
P「律子、いけるか?」
律「ええ大丈夫よ。」
P「一旦アイドル『秋月律子』としての活動は休止になるが、まだまだやる事
  は沢山あるからな。精一杯やってこい!」
律「任せて頂戴!ファンの為にも、自分の為にもね。」

 そうは言ったもののやっぱり私は千早の事だけが気になっていた。
 あれから自分から千早の携帯にかけてもまったく繋がらず自分から何も伝える
 事が出来なかった。それだけがただ心残りだった。

律「千早、あなたの分も頑張るからね。」

…………………………
……………………
………………
…………
……

 アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!

 会場からは割れんばかりのアンコールの声が上がっていた。

P「律子、これでラストだ!気を引き締めて行けよ!!」
律「ええ。みんなー!ありがとうーーー!!」

 律子がステージに飛び出して行ったのを確認して俺は更なる準備を行った。

P「じゃあ準備はいいか?」
?「大丈夫です。後は私に任せて下さい。」
P「頼んだぞ。」

…………………………

律「それではこれで本当に最後の曲になります。今日まで応援してくれた
  ファンの皆さん、関係者の皆さん、本当にありがとうございました。
  それでは……魔法をかけてアコースティックバージョン。」

 プロデューサーが最後に用意してくれたこの曲。私が一番好きだった曲。
 色んな思いが駆け巡りながら私は静かに歌っていた。
 そして2番に移った時にその時は訪れた。

律(あれ?テープと違って別の歌声が聞こえる……)

 歌っている律子ですら気付く事を観客が気付かないはずもない。
 2つの歌声はハーモニーとなってサビへ。

 観客の歓声が一際大きく高くなる。視線が律子の背中に集められていた。
 私の後ろに立っているのは……一体誰?
 私は堪らず後ろを振り向くと………私はマイクを落としそうになったが
 彼女はしっかりとその間も歌ってくれた。

 歌は終わりを告げたがそれ以上に観客の声は大きくなっていた。

律「なんで……なんで千早がここにいるの……」

 私は今まで伝えたい事があったが何も言えずステージ上でただ呆然と千早を
 見ていた。

千「皆さんに大事なお話があります。私、如月千早と秋月律子はデュオとして
  再デビュー致します。」

 今まで以上の歓声が会場を揺らす。

律「千早、今までどこにいたの!それに私デュオなんて話……」
千「律子、話は全部聞いたわ。あなたの弱い部分、私が補うから……ね?」
律「本当に私でいいの?こんな弱い私でも……」
千「馬鹿ね。律子は私の最高のライバルよ。」
律「千早……千早ぁーー!!」

 私は千早に抱き締めつつ泣きじゃくった。
 こんな私でも信頼してくれる友が出来たのだから。

…………………………
……………………
………………
…………
……

−−−楽屋裏−−−
律P「まあこれで一件落着ってとこかな?」
千P「まったく、社長といいキミといいよくもまあこんなことを考えついたもんだ。」
律P「何いってるんだ。キミがいてくれたからこそこううまくまとまったんだよ。」
千P「どうだかな。彼女らならトップアイドル行けるだろうかな?」
律P「行けるに決まってるだろ。俺達の育てた最高の相棒達なんだからな。」
千P「違いないな。」

−Fin−





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