【wish】

鏡の向こうに映る私。彼女は私と違ってまるでお姫様みたい。
可愛いドレスを着て、パーティをして、楽しく踊って……私の持っていない物を
みんな持ってる。

だけど………私はただただ普通に過ごしているだけ。
I'm a dreaming girl...

…………………………

律「ふぅ………これでおしまいっと。」

 事務仕事も無事終わり私はようやく一息ついた。

小「律子ちゃん、お疲れ様。」
律「まあこれが仕事ですからね。」
小「でも将来を見据えて学校に通いながら事務所の仕事なんて普通出来ないですよ。」
律「そうかな?」
小「律子ちゃんは将来、何を目指すんです?」

 私は小鳥さんに問われてふと考え込んでしまった。

律「う〜ん……言われてみるとあんまり考えてないですね。会計関係のお仕事にでも
  つければいいかな?とも思ってたけど………」
小「あら、珍しいですね。律子ちゃんの事だからもうとっくに進路とか決めてると思ったのに。」

 私ハナンデ芸能事務所ニ?

律「そうなんですよね。二学期になったら本格的に進路指導が始まって大学に進学
  するのか、専門学校に行くのか、就職するのか色々選択を迫られるんですよね。」
小「律子ちゃんはどうするの?」
律「う〜ん……もっと色々な資格を取得したいって気持もあるから大学……って考えてた
  けど今の仕事をやってるとどうだろう?って感じもするんですよね。」
小「じゃあやっぱり就職かしら?」
律「それもちょっと……どういう仕事をやりたいか、なんてまだまだ考えてもいないん
  ですよね。」
小「じゃあやっぱり永久就職かしら?」

 ケホケホッ!私は永久就職と言う単語を聞いて思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
 小鳥さん、いきなり何言い出すのよ!

律「もう、なに言ってるんですか。私にはまだ彼氏なんていません!」
小「ホントに〜?」
律「私みたいな地味な子を好きになる人なんかいないですよ。」
小「え〜?律子ちゃんなら何でもそつなくこなせるしいいお嫁さんになれそうだけどな〜。」
律「じゃあ……小鳥さん、私と結婚してみます?」
小「ホント!?私、律子ちゃんのお料理食べてみたいな〜。」
律「って何言ってるんですか。冗談ですよ、冗談。」
小「ですよねー。」

 私は再び自分に問いかける。なんで芸能事務所の事務員に?
 あの時はとにかく将来の役に立つだろうとアルバイト雑誌をかき集めてあちこちに電話
 し、ここ765プロに在学研修扱いで厄介になっている。

 確かに765プロにいるみんなは輝きは鈍いが何かしら光る物を持っている。
 千早の歌唱力、真のダンス、やよいの元気の良さ、他にもみんな何かしら光る物がある。

 私は事務員だからそんな輝きとは無縁。このままここにいるんだろうか?

律「じゃあ小鳥さん、お先失礼しますね。」
小「そうそう律子ちゃん。明日新しい人が来るんですって。」
律「へー、こんな時期にですか。」
小「社長が『彼は凄い実力を持った男だよ』とか言ってましたよ?」
律「って事は男性ですか。ま、しっかりした人だったらいいんですけどね。」
小「ふふふ、そうですね。」
律「じゃあ今度こそお先失礼します。」

−−−翌日−−−

律「おはようございます。」
小「おはよう律子ちゃん。今日ね、昨日言った人が社長室に来てるみたいよ。」
律「ふーん。ま、私には関係ないとは思いますけどね。」
小「イケメンでかっこいい人かもしれないわよ。」
律「私には興味ありません。」
小「もう律子ちゃんったら〜。」
律「あ、またあのZプロデューサー伝票計算間違ってるわね。まったくもう……」

 私が早速伝票処理をしていると、

P「そこのキミ、ちょっといいかな?」

 私はいきなり背後から見知らぬ男性に声をかけられた。

律「あれ?あなた誰です?」

 言ってから私は昨日の小鳥さんの会話を思い出した。この人が昨日言っていた
 新しい人なのかしら?

P「ああ、紹介が遅れたね。俺は……君の担当プロデューサーだ。」
律「へっ?プロデューサー?」

 私の……担当プロデューサー?私がアイドルをやるって事?

律「何かの間違いなんじゃないですか?私はただの事務員で……」
P「いや、俺が社長にこの事務所のコの履歴を見て君がいいと思ったんだ。」
律「私…ですか?でもあなたは今日初めて会うのにそんな信用出来ません。
  それにあなた、だらしなさそうに見えるし……」
P「それもそうだな。まあ君の信頼は得られるようベストは尽すよ。」

 ふうん。思ったより変な人じゃなさそうね。

P「まあこんなとこではなんだし、とりあえず会議室で話さないか?」
律「う〜ん……そうね。話だけは聞かさせて貰います。」

−−−会議室にて−−− 
P「それじゃあキミの事を詳しく聞かさせて貰おうか。」

 はあ?さっきこの事務所の履歴は見たって言ってたじゃない。

律「そんなの履歴書見れば一目でわかるでしょ?」
P「………もっともだ。」
律「わかればいいわ。」
P「なかなかキミは聡明な娘なんだね。」
律「そうかな?これが普通なんじゃない?」
P「いやいや。ところでキミは見たところ……高校3年生くらいかな?」
律「ええ。その辺りも履歴書に書いてあると思うんですけど。」
P「ははは、こりゃ手厳しいな。」

 なーんかちゃらんぽらんな雰囲気がするのよねぇ。

律「ところでなんで私なんかを選んだんです?」

 私はどうしても納得いかないことをズバリ問いただしてみた。

P「俺が見たところキミが一番輝いて見えたからだ。それじゃ駄目かな?」
律「ウソ。私なんかみんなと比べたって光るものもないし、地味だし……」
P「そうかな?でも俺にはキミしかいないって直感的に思ったんだけどな。」
律「直感……ですか?」
P「ああ。時には直感も大事さ。それにキミと話しててわかった事もあるしね。」
律「わかった事?」
P「キミはかなり頭がいい。その知恵を俺に貸してくれないか?アイドルにだって
  色んな方向性があると思うんだ。俺一人じゃ駄目かもしれないけどキミの知恵
  も合わせればもっと色んな広がりが見えてくると思うんだ。」

 へー、見た目の割にはしっかり考えてるんだ。

律「律子。」
P「え?」
律「私の事は『キミ』じゃなく『律子』って呼んで。まだ完全に信頼したわけじゃ
  ないけどね。」
P「ああ、これからよろしく頼むよ律子。」

 私はこの新米プロデューサーと握手を交わし、プロデューサーは再び社長室へ。

律「それにしても私がアイドルかぁ。」

 一人会議室に残って私はつぶやいた。
 私は事務員として来たはずなのになんでアイドルをやる事になったんだろう?
 ふと鏡に気付いて私は自身を映してみる。


鏡の向こうには私の知らない私がいる。
彼女は私と違ってまるでお姫様みたい。可愛いドレスを着て、パーティをして、
楽しく踊って……私の持っていない物をみんな持ってる。

これからの私はどうなってしまうんだろうか?鏡にそっと手を伸ばしてみる。
向こうの彼女も同じように手を伸ばしてくる。
手と手があった瞬間!

…………………………

P「………律……律子……律子!」

 ん?私……

P「どうしたんだ急に鏡の前でボーっとして。」

 私は楽屋の鏡台前に座っていた。

律「ううん、なんでもないわ。」
P「いくら呼びかけても反応しないから調子でも悪いのかと思ったぞ。」
律「プロデューサー。」
P「なんだ?」
律「私……本当にアイドルになってよかったのかな?」

 私は夢見る少女。鏡に映る違う私を見つめてただただ羨ましがるだけ。

P「おいおい、何を言ってるんだ。沢山のみんなが律子の最後のステージを
  待ってるんだぞ?」

 そうだった。今や私はトップアイドル。昔羨んでいた物はいつの間にか全て
 手の中に入っていた。でも…………今日のライブで終演。

律「夢見る少女……」
P「ん?」
律「ううん、なんでもない。」

 鏡の前に映る私は少し物憂げな表情をしながら微笑んでいた。





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