荒野の声 NO.130


マラキ予言の大外れ

 カトリックの新しい法王が決まった。聖マラキの予言とは違ってペテロ2世ではなく、フランチェスコ1世だった。もともとマラキは聖霊(神の霊)による預言者かどうかはわからなかったから、私は予言者と言って来た。預言とは100%神からのものであり、予言は人間によるものだからである。しかし、聖マラキの予言はこれまでは80%は当たっていたので、今回も期待した。もともとカトリックは自分たちの終焉を予言するこの予言を嫌って長い間封印していたくらいだから、今回はあえて避けたのではないだろうか。候補者にイタリヤ出身の枢機卿も居たので、もしやと思ったのだが。もちろんまだどうなるかわからない。事態は流動的である。

311の追想と人の命

 この時期マスコミは311の追想で一杯である。私は見るのが辛くてつい避けてしまう。それが邪悪な者たちの残虐な暴行だとわかっているだけに、無邪気に回想し、涙している人々を見るのが痛々しくてたまらない。アメリカの911にしても4000人からの犠牲者が出ている。やつらは人の命をなんだと思っているのだろう。幼児を殺して食べることを日常にしているとこんなにも残虐になってしまうのだろうか。
 私はこういう人の命のはかなさを思うと、人は絶対にこの世だけで終わるものではないと思わないではいられない。以下に今回出版する本に急遽加えたキリスト教の基本部分を転載する。

教会と救い

 カトリックは教会に行かなければ救われないとする。ところが聖書は教会に行かなくても救われるということを何度も書いている。例えばキリストが十字架に掛かったとき、両脇に同じく十字架に掛かっていた罪人のうち一人はキリストをののしったが一人はそれをたしなめていった。
「十字架にかけられた犯罪人のひとりが、『あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ』と、イエスに悪口を言いつづけた。もうひとりは、それをたしなめて言った、『おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない』。そして言った、『イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください』。 イエスは言われた、『よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう』。ルカ23:39〜43
 この強盗は洗礼も受けず、教会の典礼にも参加せず、断食や祈祷もせずに、パラダイスに直行している。パラダイスとは天国の控え室のようなところと考えられている。イスラエルでは日没をもって一日を終わりとするから彼は二時間ぐらいでパラダイスに行ったことになる。
 ではなぜクリスチャンは教会に行くのだろうか。
  1. そこで専門的な教育を受けた指導者が福音(キリストの教え)を教えているから。
  2. 教会はキリストの花嫁、クリスチャンはその肢体(細胞)であるから、所属することによって命を得、成長できる。
  3. 信徒の互いの愛によってキリストを体感し、他者に分け与えられる。
 よく質問されることに旧約聖書の神と新約聖書の神は同じ神なのかということがある。旧約聖書の神は厳しく怖い、新約聖書のキリストは優しく愛に満ちている。旧約聖書でも実は神の愛は沢山示されているのである。しかし、イスラエルがことごとく反抗するので勢い厳しくなってしまった。厳しいと言うことは逆に愛があると言うことである。イスラエルが気に入らなければ捨ててしまえばよかったのだ。そうすれば多くの民族のように歴史の中に消えていってしまっただろう。それがまるで悪女の深情けのように、いつまでも、いつまでもこだわり続けている。旧約聖書の神の厳しさは神のこだわりの表現なのである。
 旧約聖書と新約聖書に共通する救いの基本形がある。それは羊の血によって罪が清められると言う原則である。旧訳聖書の場合それは年毎に捧げられる本物の羊の血であった。新約聖書の場合それは“神の子羊”と呼ばれるイエスキリストの血である。この血を自分の上に置かなければ神に近づくことは出来ない。アダムの子カインとアベルの物語でカインの捧げものが受け入れられなかったのは羊の血によって清められると言う原則を満たしていなかったからである。
不思議なことにこの思想を一文字で表す漢字がある。という文字である。義は羊の下に我と書く。羊の犠牲の下に我を置くと義となるのだ。神の前に出るにはこの義を着なければならない。着た者は義人、正しい人とされる。どう考えてもこの漢字を作ったのはユダヤ人だろう。シルクロードを通って中国に来る間にこの聖書の思想を完全に表す文字が作られたのだろう。それ以外考えられない。
 さて、キリストの福音には病の癒しと言う一面がある。キリストの福音は魂の救いと体の癒しの二本の柱からなっている。アメリカではこの癒しの伝道が盛んで多くのテレビ伝道者が怪しげな癒しを実践している。私はこれがいやでなるべく遠ざかっていた。ところが最近それを経験してしまったのだ。
 昨年四月私は行きつけの泌尿器科の医師から「前立腺のPSAが高いから癌センターに行ってほしい」と言われた。PSA(前立腺特異抗原)とは血液中にある前立腺に特異的なタンパク質の一種で非常に確実な方法で前立腺がんを検出する。癌センターで調べたところそれは62.96だった。正常値は4.0以下なのでこの数値は医者も驚くほど高い数値であった。放射線による検査では背骨にも数カ所、リンパにも転移していて、末期がんだった。普通5.0や6.0で手術、放射線治療となるのである。しかし、私は透析をしているのでどれも実施できないと言われた。残る手段は女性ホルモンの投与だけであった。親族が呼び出され余命一年を言い渡された。ちょうど二ヶ月前に家内を腫瘍で天に送っていたから、私も間もなく後を追うのかなと思っていた。
 ところが五月に奇跡が起こった。五月末に検査したところPSAは3.0になっていた。医師は何度も首をかしげた、女性ホルモンが劇的に利くことはあるが、透析している場合ありえないというのだ。PSAはその後も下がり続け、0.39、0.20になった。もはや私は癌ではなかった。
 私に一つだけ思い当たることがある。五月の初めに私達の教団でマレーシアのレイモンド・ムーイという伝道者を呼んで聖会をした。彼は非常に福音の基礎に忠実で、癒しの伝道者としても知られ、多くの癒しが報告されていた。私はたいした期待もしないで出席し、特別に祈っていただいた。それしか思い当たることがない。私は神に癒されたのだ。今は欧米ではなくアジア・アフリカで神の御業が激しく現れている。
 これがキリスト教というものである。キリスト教はこの世の権力や組織ではない。個人々々の心の中にだけ産み付けられ成長するものなのだ。キリスト教とは完結した宗教ではない、完結に向かって動き続けている宗教なのだ。

危険な国、中国

 中国が習近平体制になって新しく動き出した。しかし、問題は山積みである。特に汚職はひどいもので中国には正義とか平等などと言うものは全くと言っていいほど存在しないと考えて良い。私の友人(日本人)が中国で、車に飛び込んできた人をはねた。その後の地方裁判所の対応たるやとんでもないものだった。裁判官が被害者と一緒になって友人の資産(マンションなど)を巻き上げようとした。ほぼ成功しかかった時、たまたま友人が幸運にも有力な幹部と知り合ったためにそうはならなかったが、一時は絶望しかかったのである。
 こういうモラルの国なのだから政治も経済も司法も汚職まみれなのだ。幹部クラスは大金を得て、子供を留学させ外国に資産を移し国外逃亡を計っている。
 もともと12億もの人口を統一支配すると言うことが不可能に近いことなのだ。人間が統治できる人口は1億以下だと言う。この不安定な国は今後、自分たちの失政の付けを外国に向ける可能性がある。中国人に支配される日本なんてぞっとする。
 戦後、日本が中国から引き上げる時、皆殺しの危険があった、それが避けられたのは時の支配者、蒋介石の妻、宋 美齢(そう びれい)が熱心なクリスチャンで夫に頼んで「日本人に残虐な行為をしないように、した場合は厳罰に処す」とふれたからだった。
 日本人が中国や韓国でやったことを総合すれば、それこそ皆殺しにあっても文句は言えない。確かに韓国など日本が占領した前より、後のほうが学校や病院など格段の差がある。しかし、一方では極限までうぬぼれのぼせた挙句の残虐行為があったことも確かなのだ。こういう国々と付き合っていかなければならないから我々も相当頭を使わなければならない。
 幸い?イルミナティ・シルバーコインによれば日本は中国の支配下には入らないようだから、それが一縷の救いなのだが。
 ちなみ日本が占領支配する前の中国も韓国も国家統一が果たせず、どの政治グループも統治能力がなかったことを全く忘れている。戦後、日本の敗北の後でさえ、もう一度アメリカが韓国の統治を日本に求めたことなど覚えていないのだろうな。

オバマはアメリカ滅亡の大統領か

 アフリカで大きな業をしているガジマというキリスト教の伝道師が、オバマの時にアメリカは共産主義国家になると言っている。私は早い段階で暗殺され、ヒラリーが後継者になると思っていた。太田龍氏の機関紙でも日本が中国に攻撃されたときアメリカの女性大統領が救援を拒否するとあったことを思い出す。しかし、その内、ヒラリーのトーンが鈍くなり、沈黙し始めた。これは恐らくイルミナティの指令でアメリカの処分が決まって、ヒラリーではなくオバマにその役割が任されたからだろう。アメリカ炎上は近い。その後で,共産化されるだろう。小生の本は5月までには出るだろう。