34:1 モーセはモアブの草原からネボ山、エリコに向かい合わせのピスガの頂に登った。主は、彼に次の全地方を見せられた。ギルアデをダンまで、 34:2 ナフタリの全土、エフライムとマナセの地、ユダの全土を西の海まで、 34:3 ネゲブと低地、すなわち、なつめやしの町エリコの谷をツォアルまで。 34:4 そして主は彼に仰せられた。「わたしが、アブラハム、イサク、ヤコブに、『あなたの子孫に与えよう。』と言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたはそこへ渡って行くことはできない。」
■ネボ山 (〈ヘ〉har nebo) アバリム山脈の峰の一つ(民33:47).アバリムとは「かなたの地方」という意味で,パレスチナ住民が呼んだ名称.ユダ山地から東を見ると,死海の向うに帯紅色のヌビア砂岩から成るアバリムの山々が地平線をなしている.標高が平均1000メートルの山々が,北はヘシュボンから南はワディ・ゼルカ・マインまで続いている.ネボ山は現在のジェベル・エン・ネバ(標高802メートル).ヨルダン川の河口から東19キロの地点にある.
申34:1のピスガの頂は,ネボ山の西方にあり,鞍状部で隔てられたラス・エス・シアガ(標高700メートル)とされる.そこからは,死海が眼下に横たわり,荒野を見下ろすことができた.モーセは,この山頂から約束の地を見渡して後に死んだ(申32:49,34:1).そしてカナンの地の征服は,後継者ヨシュアにゆだねられた.
34:5 こうして、主の命令によって、主のしもべモーセは、モアブの地のその所で死んだ。 34:6 主は彼をベテ・ペオルの近くのモアブの地の谷に葬られたが、今日に至るまで、その墓を知った者はいない。 34:7 モーセが死んだときは百二十歳であったが、彼の目はかすまず、気力も衰えていなかった。 34:8 イスラエル人はモアブの草原で、三十日間、モーセのために泣き悲しんだ。そしてモーセのために泣き悲しむ喪の期間は終わった。
モアブはヨルダン川の東側の平原です。その東に山脈がありその一つがピスガの山です。モーセは一人そこに登り息絶えて葬られました。しかし、誰もその場所は知りませんでした。モーセは約束の地カナンを見ることが出来ましたが渡って行くことは許されませんでした。イスラエルは30日間喪に服しました。
どんな偉大な指導者でも終わりがあり、悲しむ時は過ぎ去ります。イスラエルは新しい指導者に従って前進しなければなりません。
34:9 ヌンの子ヨシュアは、知恵の霊に満たされていた。モーセが彼の上に、かつて、その手を置いたからである。イスラエル人は彼に聞き従い、主がモーセに命じられたとおりに行なった。
ヨシュアは「知恵の霊に満たされていた」人です。偉大な人物の後継者と言うものは、また違った苦労があるのです。常に比較され、反抗する者も出てくるでしょう。ヨシュアはその全ての問題に対処する知恵を与えられていたのです。ちなみにヨシュアとは「ヤハウエは救う」と言う意味で、イエスと言う名と同じです。
34:10 モーセのような預言者は、もう再びイスラエルには起こらなかった。彼を主は、顔と顔とを合わせて選び出された。 34:11 それは主が彼をエジプトの地に遣わし、パロとそのすべての家臣たち、およびその全土に対して、あらゆるしるしと不思議を行なわせるためであり、 34:12 また、モーセが、イスラエルのすべての人々の目の前で、力強い権威と、恐るべき威力とをことごとくふるうためであった。
モーセを見ていると、人間の果たしうる役割の大きさに驚かされます。もしモーセがいなかったら、もちろん神様は別の人物を立てたでしょうが、彼ほど忠実に神の働きが出来たでしょうか。人類史に燦然と輝く偉大な人物です。しかし、彼のひととなりは謙遜でした。真に偉大な人物は謙虚なのです。これはキリストの御性質です。
さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。民数記12:3
創世記から出エジプト記、レビ記、民数記と学んできて、申命記になると一連の流れが変わったと思わずにはいられません。民数記まではエジプトでの奴隷として生活から脱出し、荒野を放浪するのですから、国家とか経済とかは全く形を成しません。アラビヤ砂漠の旅では農耕も狩猟もなく天から降るマナによって養われたのです。しかし、カナンでは種を蒔き、刈り入れをするという農耕文化になります。国土があり、国家も形成されて行きます。イスラエルは全く新しい民族となって行くのです。申命記はそのための具体的な準備を急がせていると言えます。
特にモーセが心配したのは先住民族から影響を受ける偶像礼拝でした。農耕文化は偶像崇拝と結びつきやすいのです。太陽、雨、川や湖からの水の供給が不可欠です。そこに太陽神、水神様信仰が生まれやすいわけです。偶像崇拝は悪霊礼拝なのです。
肉によるイスラエルのことを考えてみなさい。供え物を食べる者は、祭壇にあずかるではありませんか。私は何を言おうとしているのでしょう。偶像の神にささげた肉に、何か意味があるとか、偶像の神に真実な意味があるとか、言おうとしているのでしょうか。いや、彼らのささげる物は、神にではなくて悪霊にささげられている、と言っているのです。私は、あなたがたに悪霊と交わる者になってもらいたくありません。Tコリント10:18〜20
カナンには偶像が満ち溢れていました。そしてイスラエルにとって罠のなるのはカナン人などの女性との交わりでした。あのモアブの王バラクはバラムによってイスラエルを呪うことを願いますが失敗し、その後、バラムの策略に従ってモアブの女との関係によってイスラエルを弱体化しました。同じことがカナンの地でも起こりうる可能性がありました。実際、ソロモンは多くの異邦人の女性を妻としたために、イスラエルに偶像礼拝が大いに入ってきたのです。
そういう心配が申命記には満ちています。しかし、同時に約束の地カナンに入ると言う喜びに満ちた時期でもありました。このような高揚した時代から数百年後にはモーセの心配と警告どおりに不信仰と偶像礼拝に走り、約束の地を追われ、再び世界に離散し放浪することになるのですからイスラエル民族も大変なことです。
そうして1948年、イスラエルは再度カナン、パレスチナに帰ってきました。今度はモーセも無く、ヨシュアも無く、神の明確な命令を受けた人々がいたわけでもなく、苦しみと悩みの末に、帰る場所はパレスチナだという民族の悲願が新しい国家を生み出したのです。
申命記は古い書物ではなく今に生きる書物です。人間の問題は結局、変わらないのです。人間の生きる道は、神を愛し、従うこと。それ以外にありません。