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申命記  No.][ モーセの遺言

 ここからモーセの最後のメッセージとなります。それは12部族への予言的な言葉なのですが、歴史的にたどることは難しいものです。
33:1 これは神の人モーセが、その死を前にして、イスラエル人を祝福した祝福のことばである。
33:2 彼は言った。「主はシナイから来られ、セイルから彼らを照らし、パランの山から光を放ち、メリバテ・カデシュから近づかれた。その右の手からは、彼らにいなずまがきらめいていた。 33:3 まことに国々の民を愛する方、あなたの御手のうちに、すべての聖徒たちがいる。彼らはあなたの足もとに集められ、あなたの御告げを受ける。 33:4 モーセは、みおしえを私たちに命じ、ヤコブの会衆の所有とした。 33:5 民のかしらたちが、イスラエルの部族とともに集まったとき、主はエシュルンで王となられた。」
 ここに出てくる地名はイスラエルの荒野の足跡をたどるもののようです。それぞれ苦しみや喜びや勝利や敗北の記憶なのでしょう。
■セイル (〈ヘ〉seir) 「毛深い」(樹木が茂った)という意味.1.エドムにある山(創14:6),土地(創32:3),民(エゼ25:8)に関連して用いられている.先住民はホリ人であったが,エサウとその子孫の居住地となった(創32:3,申2:4‐5).死海からアカバ湾にかけてのヨルダン地溝(アラバ)と砂漠との間にある山岳地帯であり,標高は1500―1700メートルある.この地帯には灌木が茂っており,耕作にも適していたと言われる.要害の地でもあり,戦乱などから逃れて住む者もあった.シメオン族はこの地でアマレク人を滅ぼし,定住した(T歴4:42‐43).イスラエルは王国時代に支配したことがあるが,その意図は,王の道,アラバの道,アカバ湾岸の港を勢力下におくことにあったと考えられる.
2.ユダ部族の相続地の境界線を示す山として,エアリム山と並べて記録されている(ヨシ15:10).エルサレム西方,約15キロにあったと推定される.
■パラン (〈ヘ〉paran) 1.パランの荒野.シナイ半島東部の中央にある荒野で,今日ではエ・ティの荒野と呼ばれている.標高600―750メートルの不毛の台地で,そのほとんどは石灰岩からできている.シナイ山からハツェロテを経てカナンに向かう途中にある(民12:16).この地方は,ツィンの荒野,カデシュを含み(民13:26,20:1),ベエル・シェバ,シュルの荒野の東にあった(創21:14,21,25:18).イシュマエルはこの荒野に住み(創21:21),エジプトを脱出したイスラエル人は,シナイ山から,このパランの荒野に宿営した(民10:12,12:16).この地からカナンへの斥候が送り出された(民13:3).荒涼たる荒野であったため,聖書では「あの大きな恐ろしい荒野」と呼んでいる(申1:19).Tサム25:1には,預言者サムエルが死んだ時,ダビデ王がパランの荒野へ行ったと記されているが,ここは70人訳のようにマオンの荒野に行ったと解した方がよいと思われる.
2.パランの山.主が現れたことに関連して記されている山(申33:2,ハバ3:3).詩的表現であるので,この記述から正確な位置を求めることは難しい.パランの荒野が高台になっていたところから,パランの荒野を指すと考えられないこともないが,これは少し無理ではないかと思われる.
3.ミデヤンとエジプトの間にあった場所で,エドム人ハダデがエジプトに亡命した時,そこを通っていった(T列11:18).おそらく町であったと思われる.しかし,今日その正確な場所については分らない.
■メリバテ・カデシュ (〈ヘ〉meribat qades,meribot qades) 荒野を放浪したイスラエルが,カナン侵攻を前にし,水を求めてモーセと争った所(申32:51).メリバの別名.死海南端から南西約50数キロにあるカデシュ・バルネアの泉のこと.エゼキエルによる新しいイスラエルの幻によれば,この町は南方の国境として描かれている(エゼ47:19,48:8).
33:6 「ルベンは生きて、死なないように。その人数は少なくても。」
 ルベン族に対する預言はこれだけです。彼は長男でしたが父のそばめに近づいたために退けられ、かろうじて生き残る程度の弱い部族となりました。
33:7 ユダについては、こう言った。「主よ。ユダの声を聞き、その民に、彼を連れ返してください。彼は自分の手で戦っています。あなたが彼を、敵から助けてください。」
 ユダはルベンに代わる長子の権威を授けられました。現在までユダヤ人として知られるのはこのユダ族の末裔です。
33:8 レビについて言った。「あなたのトンミムとウリムとを、あなたの聖徒のものとしてください。あなたはマサで、彼を試み、メリバの水のほとりで、彼と争われました。 33:9 彼は、自分の父と母とについて、『私は、彼らを顧みない。』と言いました。また彼は自分の兄弟をも認めず、その子どもをさえ無視し、ただ、あなたの仰せに従ってあなたの契約を守りました。 33:10 彼らは、あなたの定めをヤコブに教え、あなたのみおしえをイスラエルに教えます。彼らはあなたの御前で、かおりの良い香をたき、全焼のささげ物を、あなたの祭壇にささげます。 33:11 主よ。彼の資産を祝福し、その手のわざに恵みを施してください。彼の敵の腰を打ち、彼を憎む者たちが、二度と立てないようにしてください。」
 レビ族に対してはこんなにも厚い信頼が寄せられています。レビ族は忠実さでは12部族中で一番でした。現在もレビの子孫は活躍しています。ちなみにリーバイスとかレビーと言う名はレビの子孫を表しています。またアメリカの政治によく出てくるコーエンとかコーヘンと言う名前はレビ族の名だそうです。
33:12 ベニヤミンについて言った。「主に愛されている者。彼は安らかに、主のそばに住まい、主はいつまでも彼をかばう。彼が主の肩の間に住むかのように。」
 ベニヤミン族はいつもユダ族と行動を共にしていますので、つねに“ユダヤ人”の中にいたと考えられます。愛された末っ子の性質を持っています。
33:13 ヨセフについて言った。「主の祝福が、彼の地にあるように。天の賜物の露、下に横たわる大いなる水の賜物、33:14 太陽がもたらす賜物、月が生み出す賜物、 33:15 昔の山々からの最上のもの、太古の丘からの賜物、 33:16 地とそれを満たすものの賜物、柴の中におられた方の恵み、これらがヨセフの頭の上にあり、その兄弟たちから選び出された者の頭の頂の上にあるように。 33:17 彼の牛の初子には威厳があり、その角は野牛の角。これをもって地の果て果てまで、国々の民をことごとく突き倒して行く。このような者がエフライムに幾万、このような者がマナセに幾千もいる。」
 ヨセフ関する祝福は驚くべきものです。「天の賜物の露、下に横たわる大いなる水の賜物、太陽がもたらす賜物、月が生み出す賜物、昔の山々からの最上のもの、太古の丘からの賜物、地とそれを満たすものの賜物」水、鉱物資源、その他あらゆるものが語られています。これは驚くべきことです。ヨセフはエフライムとマナセに分かれ、後にサマリヤを中心とする北朝イスラエルを形成しました。その後アッシリアによって滅ぼされ、いわゆる“失われた十部族”と言われるグループの中心になりましたが、彼らが今どこにいるかは正確には分かりません。しかし、この預言によると大きな祝福の中にいることは確かです。
33:18 ゼブルンについて言った。「ゼブルンよ。喜べ。あなたは外に出て行って。イッサカルよ。あなたは天幕の中にいて。 33:19 彼らは民を山に招き、そこで義のいけにえをささげよう。彼らが海の富と、砂に隠されている宝とを、吸い取るからである。」
 ゼブルンとイッサカルは協力して行動するようです。「海の富と、砂に隠されている宝」といいうのは何を指すのでしょうか。想像すると面白いですね。石油でしょうか?
33:20 ガドについて言った。「ガドを大きくする方は、ほむべきかな。ガドは雌獅子のように伏し、腕や頭の頂をかき裂く 33:21 彼は自分のために最良の地を見つけた。そこには、指導者の分が割り当てられていたからだ。彼は民の先頭に立ち、主の正義と主の公正をイスラエルのために行なった。」
 ガド族はやはり北朝イスラエルに属していました。口語訳ではこうなっています。
ガドについては言った、「ガドを大きくする者は、ほむべきかな。ガドは、ししのように伏し、腕や頭の頂をかき裂くであろう。 彼は初穂の地を自分のために選んだ。そこには将軍の分も取り置かれていた。彼は民のかしらたちと共にきて、イスラエルと共に主の正義と審判とを行った」。
 ちょっと脱線しますが、ガド族は日本人の祖先だと言う説があります。天皇を表す帝(みかど)はガドから来ているとか。口語訳の初穂の地というのは興味深いですね。それと言うのも、昔、日本のことを“豊(とよ)葦原(あしはら)の瑞穂(みずほ)の地”と言いました。豊かに葦の茂るみずみずしい土地と言う意味です。初穂の地と似ています。また「将軍の分も取り置かれていた」と言うのも面白いですね。日本は室町鎌倉時代から天皇に代わって将軍が治めていました。いわゆる征夷大将軍は常に日本の最高権力者の別名でしたから。
33:22 ダンについて言った。「ダンは獅子の子、バシャンからおどり出る。」 33:23 ナフタリについて言った。「ナフタリは恵みに満ち足り、主の祝福に満たされている。西と南を所有せよ。」
 ダンとナフタリについては知りようもありませんが「西と南を所有せよ」と言うのは何かを暗示しているように思います。
33:24 アシェルについて言った。「アシェルは子らの中で、最も祝福されている。その兄弟たちに愛され、その足を、油の中に浸すようになれ。 33:25 あなたのかんぬきが、鉄と青銅であり、あなたの力が、あなたの生きるかぎり続くように。」
 アシェルの「その足を、油の中に浸すように」というのが石油を表すのかもしれません。石油資本はユダヤ系の会社が多いです。
33:26 「エシュルンよ。神に並ぶ者はほかにない。神はあなたを助けるため天に乗り、威光のうちに雲に乗られる。 33:27 昔よりの神は、住む家。永遠の腕が下に。あなたの前から敵を追い払い、『根絶やしにせよ。』と命じた。 33:28 こうして、イスラエルは安らかに住まい、ヤコブの泉は、穀物と新しいぶどう酒の地をひとりで占める。天もまた、露をしたたらす。 33:29 しあわせなイスラエルよ。だれがあなたのようであろう。主に救われた民。主はあなたを助ける盾、あなたの勝利の剣。あなたの敵はあなたにへつらい、あなたは彼らの背を踏みつける。」
 このよう大きな祝福にもかかわらず、不信仰と反抗でその祝福を失ったのがイスラエルの歴史でした。しかし、これらの祝福はまだ失われていません。今後、再び獲得するでしょう。