ホームページ・メッセージ090208            小 石  泉

今、黙示録を学ぶ-X


 前回、紙面の関係で最後の節の解説が抜けてしまいましたので書き加えます。

9:20 これらの災害で殺されずに残った人々は、自分の手で造ったものについて、悔い改めようとせず、また悪霊のたぐいや、金・銀・銅・石・木で造られ、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を礼拝して、やめようともしなかった。 9:21 また、彼らは、その犯した殺人や、まじないや、不品行や、盗みを悔い改めようとしなかった。

 ここで明らかなように、核兵器を使った大きな戦争の後でも、人類は生存し、しかも悔い改めることも無くこれまで通り偶像礼拝をしていることが分かります。また殺人や不品行なども相変わらず続けているのです。ですから、恐らく第三次世界大戦の後でも人間社会はそれほどの変化も無くあり続けるのです。

10:1 わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった。 10:2 彼は、開かれた小さな巻物を手に持っていた。そして、右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、 10:3 ししがほえるように大声で叫んだ。彼が叫ぶと、七つの雷がおのおのその声を発した。 10:4 七つの雷が声を発した時、わたしはそれを書きとめようとした。すると、天から声があって、「七つの雷の語ったことを封印せよ。それを書きとめるな」と言うのを聞いた。

 もう一人の強い御使いとは神に従順な天使の中でも高い地位にいる強力な天使でしょう。彼の手には小さな巻物があったとあります。しかし、彼の叫びによって七つの雷が発した声は書き留められませんでした。ここは不思議なところです。どうして人間に伝えてはいけない言葉が発せられたのか。聖書は人間に神の奥義の全てが語られないということを言っています。例えばパウロは次のように書いています。

パラダイスに引き上げられ、そして口に言い表わせない、人間が語ってはならない言葉を聞いたのを、わたしは知っている。Uコリント12:4

 人間は神のことについて理解できないことが多すぎて、大きな誤解をすることでしょう。ですから、今この世では神について限られた知識しか与えられないのです。私たちの神は「隠れた神」なのです。申命記にはこのように書かれています。

隠れた事はわれわれの神、主に属するものである。しかし表わされたことは長くわれわれとわれわれの子孫に属し、われわれにこの律法のすべての言葉を行わせるのである。申29:29

10:5 それから、海と地の上に立っているのをわたしが見たあの御使は、天にむけて右手を上げ、10:6 天とその中にあるもの、地とその中にあるもの、海とその中にあるものを造り、世々限りなく生きておられるかたをさして誓った、「もう時がない。 10:7 第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。
10:8 すると、前に天から聞えてきた声が、またわたしに語って言った、「さあ行って、海と地との上に立っている御使の手に開かれている巻物を、受け取りなさい」。 10:9 そこで、わたしはその御使のもとに行って、「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った、「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い」。 10:10 わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。 10:11 その時、「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」と言う声がした。


 いよいよ、神の奥義が成就されようとしています。海と地の上に立つということは世界中の全ての場所を意味しているのでしょう。この巻物は奇妙なことに食べることを要求され、口には甘いが腹には苦いとあります。神様の福音は非常に甘く心地よいものですが、一旦、受け入れると、誤解や迫害や苦難に会うことがあります。しかし、忍耐して伝えなければならないのです。

11:1 それから、わたしはつえのような測りざおを与えられて、こう命じられた、「さあ立って、神の聖所と祭壇と、そこで礼拝している人々とを、測りなさい。 11:2 聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。

 この聖所はどこなのでしょうか。祭壇とか外の庭とあるところから、エルサレムの神殿のようです。終わりの時代に再建された神殿が42か月、3年半、異邦人に占領されている状態なのでしょうか。これはイスラム圏の人々なのか、欧米の人々なのか不明です。

11:3 そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう」。 11:4 彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台である。 11:5 もし彼らに害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。もし彼らに害を加えようとする者があれば、その者はこのように殺されねばならない。 11:6 預言をしている期間、彼らは、天を閉じて雨を降らせないようにする力を持っている。さらにまた、水を血に変え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力を持っている。 11:7 そして、彼らがそのあかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼らを殺す。 11:8 彼らの死体はソドムや、エジプトにたとえられている大いなる都の大通りにさらされる。彼らの主も、この都で十字架につけられたのである。 11:9 いろいろな民族、部族、国語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体をながめるが、その死体を墓に納めることは許さない。 11:10 地に住む人々は、彼らのことで喜び楽しみ、互に贈り物をしあう。このふたりの預言者は、地に住む者たちを悩ましたからである。

 ここに現れる神の二人の証人を霊的な意味で捉えるか、実際に二人の人物と捉えるか、非常に難しいところです。しかし、私はあえて二人の特別な人と考えることにします。というのは「彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台である。」とあるからです。この言葉は非常に明確な意味で旧約聖書に出てきます。

4:1 わたしと語った天の使がまた来て、わたしを呼びさました。わたしは眠りから呼びさまされた人のようであった。 4:2 彼がわたしに向かって「何を見るか」と言ったので、わたしは言った、「わたしが見ていると、すべて金で造られた燭台が一つあって、その上に油を入れる器があり、また燭台の上に七つのともしび皿があり、そのともしび皿は燭台の上にあって、これにおのおの七本ずつの管があります。 4:3 また燭台のかたわらに、オリブの木が二本あって、一本は油をいれる器の右にあり、一本はその左にあります」。 4:4 わたしはまたわたしと語る天の使に言った、「わが主よ、これらはなんですか」。 4:5 わたしと語る天の使は答えて、「あなたはそれがなんであるか知らないのですか」と言ったので、わたしは「わが主よ、知りません」と言った。(中略) 4:11 わたしはまた彼に尋ねて、「燭台の左右にある、この二本のオリブの木はなんですか」と言い、 4:12 重ねてまた「この二本の金の管によって、油をそれから注ぎ出すオリブの二枝はなんですか」と言うと、 4:13 彼はわたしに答えて、「あなたはそれがなんであるか知らないのですか」と言ったので、「わが主よ、知りません」と言った。 4:14 すると彼は言った、「これらはふたりの油そそがれた者で、全地の主のかたわらに立つ者です」。

これはゼカリヤの見た幻です。この二つのオリブの木は旧約聖書の律法と預言者の代表者モーセとエリヤと思われています。すると終わりの日にモーセとエリヤが復活してイスラエルに現れるのでしょうか。あるいはモーセとエリヤのスピリットを持った人物たちなのでしょうか。彼らは恐るべき能力の持ち主で、「口から火が出て、その敵を滅ぼす・・・天を閉じて雨を降らせないようにする力を持っている。さらにまた、水を血に変え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力を持って」います。しかし、「あかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼ら」は殺されます。そして、「彼らの死体はソドムや、エジプトにたとえられている大いなる都の大通りにさらされ」ます。「彼らの主も、この都で十字架につけられたのである」とあるからそこはエルサレムです。また「 いろいろな民族、部族、国語、国民に属する人々が、三日半の間、彼らの死体をながめるが、その死体を墓に納めることは許さない。地に住む人々は、彼らのことで喜び楽しみ、互に贈り物をしあう。このふたりの預言者は、地に住む者たちを悩ましたからである」とあります。彼らはよほど世界の人々の気に入らないことを大胆にとがめるのでしょう。今、欧米では同性愛が盛んで、同性の結婚も公認されている国が出てきています。神の御怒りを率直に伝えて、人々の反感と嫌悪を買うのでしょう。

11:11 三日半の後、いのちの息が、神から出て彼らの中にはいり、そして、彼らが立ち上がったので、それを見た人々は非常な恐怖に襲われた。 11:12 その時、天から大きな声がして、「ここに上ってきなさい」と言うのを、彼らは聞いた。そして、彼らは雲に乗って天に上った。彼らの敵はそれを見た。 11:13 この時、大地震が起って、都の十分の一は倒れ、その地震で七千人が死に、生き残った人々は驚き恐れて、天の神に栄光を帰した。

 彼らは殺された後に主と同じように3日半の後に復活し、天に帰って行きます。この時、エルサレムに大地震が起こり7000人が死ぬとあります。この二人が出てくるのは、エルサレムに第三神殿が建設された後だと思います。これは終末の明確な証でもあります。

11:14 第二のわざわいは、過ぎ去った。見よ、第三のわざわいがすぐに来る。 11:15 第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。 11:16 そして、神のみまえで座についている二十四人の長老は、ひれ伏し、神を拝して言った、 11:17 「今いまし、昔いませる、全能者にして主なる神よ。大いなる御力をふるって支配なさったことを、感謝します。 11:18 諸国民は怒り狂いましたが、あなたも怒りをあらわされました。そして、死人をさばき、あなたの僕なる預言者、聖徒、小さき者も、大いなる者も、すべて御名をおそれる者たちに報いを与え、また、地を滅ぼす者どもを滅ぼして下さる時がきました」。 11:19 そして、天にある神の聖所が開けて、聖所の中に契約の箱が見えた。また、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴と、地震とが起り、大粒の雹が降った。

 ここも理解に苦しむところです。第二のわざわいとはこの二人の証人のことを指しているのでしょうか。その後、再び天の光景が現れます。そして、意外なことに、わずかに天にある神の聖所と契約の箱が垣間見えます。実はモーセは天の契約の箱と聖所を見せられて創ったのです。

 そしてこの天にある聖所に主イエスは十字架にお掛かりになった後、ご自身の血を携えて入り、私たちの贖いをなさったのです。
しかしキリストがすでに現れた祝福の大祭司としてこられたとき、手で造られず、この世界に属さない、さらに大きく、完全な幕屋をとおり、かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。
ヘブル書9:11〜12