ホームページ・メッセージ050529       小 石  泉

悪の満ちるまで


日の入るころ、アブラムが深い眠りにおそわれた時、大きな恐ろしい暗やみが彼に臨んだ。時に主はアブラムに言われた、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。しかし、わたしは彼らが仕えたその国民をさばきます。その後かれらは多くの財産を携えて出て来るでしょう。あなたは安らかに先祖のもとに行きます。そして高齢に達して葬られるでしょう。四代目になって彼らはここに帰って来るでしょう。アモリびとの悪がまだ満ちないからです」。創世記15:12〜16

 これは今から4000年ほど前にイスラエルとアラブの先祖アブラハムが神様から現在のパレスチナの地を約束された記録です。正にこの記録に従って、現在のイスラエルは建国され、それ以来紛争の火種が尽きたことのない問題が起こっているのですから、何とも気の長い話です。この言葉からアブラハムの正式な嫡子であるイサクの子ヤコブ12人の子供から出た12支族ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ダン、ナフタリ、ガド、アシェル、イッサカル、ゼブルン、ヨセフ、ベニヤミンをイスラエルと呼び、その内のユダとベニヤミンにレビの一部を加えた部族をユダヤ人と呼びます。
 ヨセフによってエジプトに引っ越したヤコブと兄弟たちは、その後、エジプトで迫害され奴隷になりました。そこで神様がモーセを遣わし、エジプトから脱出させました。いわゆる、出エジプトです。しかし、イスラエルは不信仰のゆえに40年間シナイの荒野(現在のアラビヤ砂漠)を放浪しました。
 アモリ人またはエモリ人というのは当時パレスチナに住んでいた民族の総称です。この人々の中には巨人ネピリムの子孫が居ましたが(例:バシャンの王オグ)かなりな範囲でそのネピリムの血と、何分の1かの混血をしていたと思われます。
 神様はここで「アモリ人の悪がまだ満ちないからです」と言っておられます。つまりこういうことです。神様はアブラハムにこの土地を与えると言う約束をされました。しかし、それはそこに住んでいる人々が悪行の限りを尽くして、その地を汚す時まで待ってからです。言い換えれば全ての地球上の土地はそれぞれの民族に神が与えるのです。しかし、あまりにもひどい罪を犯し続けるならば、神はその土地を取り上げて別の民族に与えると言うのです。
 この理由が無いと、ただ平和に純朴に何千年も生きてきた土地を取り上げて、自分の好みの民族に分け与えると言う理不尽なことを神がなさることになります。今、問題になっているイスラエルとパレスチナの紛争は、そういう視点で見直す必要があります。いくら約束の地だと言っても、前提となる「悪が満ちた」かという疑問が残ります。
モーセの後継者ヨシュアに神は、次のように言われました。

主の僕モーセが死んだ後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに言われた、「私の僕モーセは死んだ。それゆえ、今あなたと、このすべての民とは、共に立って、このヨルダンを渡り、わたしがイスラエルの人々に与える地に行きなさい。 あなたがたが、足の裏で踏む所はみな、わたしがモーセに約束したように、あなたがたに与えるであろう。あなたがたの領域は、荒野からレバノンに及び、また大川ユフラテからヘテびとの全地にわたり、日の入る方の大海に達するであろう。ヨシュア1:1〜4

 そしてそこに居る民族を殺し尽くせと言われました。これがあまりにも異常な命令なので、最近の新改訳聖書では「聖絶」と言う言葉を作り出してお茶を濁そうとしています。しかし、この悪が満ちるということ、そして聖書には明確に出てきませんが、ネピリムとの混血による人類の純潔種の危機と言う二つの問題があったのです。ノアの洪水もその目的だったと言う人も居るくらいです。
 それと現在のパレスチナ人とを比較すると、果たして当時の約束をそのまま当てはめていいものか疑問が残ります。それほど悪に満ちていたのか。ネピリムが居たのか。しかし、現実にユダヤ人は帰ってきました。だから神の予言の成就だとクリスチャンは喜ぶわけです。中にはイスラエルが約束の地、すなわちシナイ半島からイラクのユーフラテス川までを占領支配しないとキリストは再臨しないと言う人々さえ居て、それは現在のアメリカ政府の基本戦略となっていると言うのですから大変です。
 まず、キリストの再臨の条件にイスラエルの約束の地の実現と言うものはありません。それに当てはまるとすれば、次の御言葉ぐらいしかないでしょう。

荒らす憎むべきものが、立ってはならぬ所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。マルコ13:14

 この「立ってはならぬ所」というのをイスラエルに再建された神殿の至聖所のことだというのですが、これだけの言葉からそれほど重大な結論を導き出していいものでしょうか。そして莫大な国家予算が注がれ、強大な軍事力が展開しているのを見ると、この不確かな根拠だけでそんなことをして良いものだろうかと不安になります。もっと違った、神ご自身のご計画があるのではないだろうか。
 さらに、今日ユダヤ人といわれる人々の大多数はセム族のユダヤ人ではなく、ハム族のハザール人だといわれます。(このことを詳しく書いたアーサー・ケストラーと言う人は奥さんと共に不審な死をとげました)何だか、巨大な波によって人間全体が揺り動かされているように思います。
 ただ、一つのことだけははっきりしています。今、全世界で「悪が満ちて居る」ということです。いちいちあげなくても判るでしょう。もはやソドム・ゴモラははるかに超越しました。これから私たちはどう生きたら良いのでしょうか。

その時あなたの民を守っている大いなる君ミカエルが立ちあがります。また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。しかし、その時あなたの民は救われます。すなわちあの書に名をしるされた者は皆救われます。また地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。そのうち永遠の生命にいたる者もあり、また恥と、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう。賢い者は、大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう。ダニエルよ、あなたは終りの時までこの言葉を秘し、この書を封じておきなさい。多くの者は、あちこちと探り調べ、そして知識が増すでしょう」。
ダニエル12:1〜4


 これはこの悪の満ちた時代のことを言っていると思われます。しかし、何と言うすばらしい言葉が約束されていることでしょう。「賢い者は大空の輝きのように輝き、また多くの人を義に導く者は、星のようになって永遠にいたるでしょう。」賢い者、神を知り、神を畏れる者こそ本当に賢い者です。彼らは大空のように輝くと言うのです。そして多くの人を義に導く者、すなわちキリストの福音を伝えるものは星のようになって永遠に神の国で輝くのです。

彼は言った、「ダニエルよ、あなたの道を行きなさい。この言葉は終りの時まで秘し、かつ封じておかれます。多くの者は、自分を清め、自分を白くし、かつ練られるでしょう。しかし、悪い者は悪い事をおこない、ひとりも悟ることはないが、賢い者は悟るでしょう。12:9〜:10

 どんなに世界が悪に満ち、穢れに染まっても、あなたはあなたの道を行きなさい。自分を清め、白くし、練られなさい。そうすればこの世の流れに流されることはありません。

あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。イザヤ48:2

 さあ、しっかりと前方を見つめましょう。波に恐れて沈みそうになったペテロのようになってはいけません。これからは特にそうです。ただ、愛する主イエスを見上げて進みましょう。あの方は、私たちを、いじめたり、苦しめたり、脅かすことが好きなお方ではありません。主の御手は今日も優しくあなたの上にあるのです。