メッセージ 2001・2・3   小 石 泉 牧師

信仰の力

主はモーセに告げて仰せられた。「人々を遣わして、わたしがイスラエル人に与えようとしているカナンの地を探らせよ。父祖の部族ごとにひとりずつ、みな、その族長を遣わさなければならない。」モーセは主の命によって、パランの荒野から彼らを遣わした。彼らはみな、イスラエル人のかしらであった。民数記13:1〜3

イスラエル人がモーセに率いられてエジプトを脱出してから、数日後にイスラエル人たちは約束の地カナン今日のパレスチナの入り口に至り、その地を探るためのスパイを遣わすことになりました。ここは長い箇所なのですがどうしても全部読まないと意味が通じませんので引用します。

四十日がたって、彼らはその地の偵察から帰って来た。そして、ただちにパランの荒野のカデシュにいるモーセとアロンおよびイスラエルの全会衆のところに行き、ふたりと全会衆に報告をして、彼らにその地のくだものを見せた。彼らはモーセに告げて言った。「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです。しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。ネゲブの地方にはアマレク人が住み、山地にはヘテ人、エブス人、エモリ人が住んでおり、海岸とヨルダンの川岸にはカナン人が住んでいます。」そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」しかし、彼といっしょに上って行った者たちは言った。「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」彼らは探って来た地について、イスラエル人に悪く言いふらして言った。「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。そこで、私たちはネフィリム人、ネフィリム人のアナク人を見た。私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」全会衆は大声をあげて叫び、民はその夜、泣き明かした。イスラエル人はみな、モーセとアロンにつぶやき、全会衆は彼らに言った。「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとされるのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちにとって良くはないか。」そして互いに言った。「さあ、私たちは、ひとりのかしらを立ててエジプトに帰ろう。」そこで、モーセとアロンは、イスラエル人の会衆の全集会の集まっている前でひれ伏した。すると、その地を探って来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、イスラエル人の全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしく良い地だった。もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜とが流れている。ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」しかし全会衆は、彼らを石で打ち殺そうと言い出した。そのとき、主の栄光が会見の天幕からすべてのイスラエル人に現われた。13:25〜14:10

帰ってきた12人の頭たちのうち10人はそこを占領するのは無理だと報告しました。ただヨシュアとカレブの二人だけがそれは可能だと報告しました。確かにこれは私たちの経験することです。ほとんどの場合、何か事を始めるとき、私たちの10人のうちの8人か9人は先ず不可能なことから計算し始めるのです。(私もしばしばそうです。) 
しかし、不可能から始めては何事も成功することはありません。宝くじは買わなければ当たりません。12人のうちの10人は「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」と言いましたが、カレブ(とヨシュア)は「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」と言いました。
私たちが何事か新しいことをしようとするとき、不可能な言い訳は百も二百も探し出せます。そしてそこにはちゃんとした理由があり、説得力のある証拠もあります。しかし、それでやめたら約束の地カナンはイスラエルのものにはなりませんでした。この地を与えることは神が約束されたのです。それを取ることは可能だ、これが信仰です。不可能からでなく、可能性を探すのです。どこかに少しでも可能性はないか。
先日、ジャンヌダルクの映画をテレビがやっていました。私はあの映画を見ながら、ジャンヌは聖霊に導かれていたのだろうか、それとも他の霊に導かれていたのだろうかと、考えていました。聖霊とするとフランスの為にだけ神が味方し、イギリスのためには敵対したことになります。共に神に祈って戦っているのですから、これは奇妙です。ただ、私に判るのはジャンヌには、自分がフランスの為に神から遣わされたのだという強烈な信仰があったということでした。「私について来い! 私には神がついている!」このような強い信仰の言葉は、人々を従わせるには十分だったし、イギリス軍を恐れさせるには十分だったのです。この世においても、強い信念はしばしば人々を盲目的に服従させますが、神によって生きる私たちがこの世の人よりも弱い信念、信仰しかもてないのはどうしたことでしょうか。
この45年後、カレブは再び現れます。彼はヨシュアのように表舞台には立たず、陰に隠れていましたが、実直で豪胆な信仰は少しも衰えていませんでした。

ときに、ユダ族がギルガルでヨシュアのところに近づいて来た。そして、ケナズ人エフネの子カレブが、ヨシュアに言った。「主がカデシュ・バルネアで、私とあなたについて、神の人モーセに話されたことを、あなたはご存じのはずです。主のしもべモーセがこの地を偵察するために、私をカデシュ・バルネアから遣わしたとき、私は四十歳でした。そのとき、私は自分の心の中にあるとおりを彼に報告しました。私といっしょに上って行った私の身内の者たちは、民の心をくじいたのですが、私は私の神、主に従い通しました。そこでその日、モーセは誓って、『あなたの足が踏み行く地は、必ず永久に、あなたとあなたの子孫の相続地となる。あなたが、私の神、主に従い通したからである。』と言いました。今、ご覧のとおり、主がこのことばをモーセに告げられた時からこのかた、イスラエルが荒野を歩いた四十五年間、主は約束されたとおりに、私を生きながらえさせてくださいました。今や私は、きょうでもう八十五歳になります。しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐えるのです。どうか今、主があの日に約束されたこの山地を私に与えてください。あの日、あなたが聞いたように、そこにはアナク人がおり、城壁のある大きな町々があったのです。主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように、私は彼らを追い払うことができましょう。それでヨシュアは、エフネの子カレブを祝福し、彼にヘブロンを相続地として与えた。それで、ヘブロンは、ケナズ人エフネの子カレブの相続地となった。今日もそうである。それは、彼がイスラエルの神、主に従い通したからである。」ヨシュア14:6〜14

 ここでカレブは「主に従い通した」という言葉を3度も使っていますが、カレブという人の信仰の固さを見るのです。そして、ここでもカレブは「私は彼らを追い払うことができましょう」と言っています。「出来ます。」これがカレブの発言の特徴です。私たちは何としばしば「無理だ。出来ない。」という言葉を発することでしょうか。
 大丈夫、出来ます。こういう言葉は奇跡を生み出します。言葉には力があって状況を変えます。子育てには絶対に必要な言葉です。そして私たち自身も言葉によって自分や状況を変えることが出来るのです。
 長いので省略しますが、マタイの福音書8章ではローマ人の百卒長が、その信仰のゆえにイエス様に驚かれ、ほめられています。9章では長血をわずらっていた女が、また盲人がその信仰のゆえに、癒されています。そのいずれにもイエス様は「あなたの信仰のとおりになるように、あなたの信仰があなたを直した。」と言われています。
 もっとも私の場合、病の癒しはあまり起こりませんでした。それはパウロが自分の目を癒してくださるように祈ったとき、イエス様は癒されず、「私の恵みはあなたに十分である」と言われているように、病気の場合は、癒されるだけが信仰の結果ではないからです。むしろ癒されないことが神の栄光となることもあります。むしろ、そのほうが大きな証の場合もあるのです。
 ただ、何事かを計画し、実行する場合、思い切って大胆に、神に求め、信じて行動することが必要です。前進。それが常にクリスチャンの道です。