メッセージ 2001・1 ・ 14 小 石 泉 牧師
国が滅びる時
私は今年になって非常に危機感を覚えます。特に日本の若者や大人の心の荒廃になすすべの無い国家に、国家としての秩序が崩壊していると思うのです。これは今までにない危険な兆候です。このような時代に対処するのに旧約聖書の中から学びたいと思います。
マナセは十二歳で王となり、エルサレムで五十五年間、王であった。彼の母の名はヘフツィ・バハといった。彼は、主がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の忌みきらうべきならわしをまねて、主の目の前に悪を行なった。彼は、父ヒゼキヤが打ちこわした高き所を築き直し、バアルのために祭壇を立て、イスラエルの王アハブがしたようにアシェラ像を造り、天の万象を拝み、これに仕えた。彼は、主がかつて、「エルサレムにわたしの名を置く。」と言われた主の宮に、祭壇を築いたのである。こうして、彼は、主の宮の二つの庭に、天の万象のために祭壇を築いた。また、自分の子どもに火の中をくぐらせ、卜占をし、まじないをし、霊媒や口寄せをして、主の目の前に悪を行ない、主の怒りを引き起こした。さらに彼は、自分が造ったアシェラの彫像を宮に安置した。主はかつてこの宮について、ダビデとその子ソロモンに言われた。「わたしは、この宮に、そしてわたしがイスラエルの全部族の中から選んだエルサレムに、わたしの名をとこしえに置く。もし彼らが、わたしの命じたすべてのこと、わたしのしもべモーセが彼らに命じたすべての律法を、守り行ないさえするなら、わたしはもう二度と、彼らの先祖に与えた地から、イスラエルの足を迷い出させない。」しかし、彼らはこれに聞き従わず、マナセは彼らを迷わせて、主がイスラエル人の前で根絶やしにされた異邦人よりも、さらに悪いことを行なわせた。U列王21:1〜9
先週お話ししたサムエルはイスラエルに王制を導入しました。その最初の王がサウルで二番目がダビデ、3番目がソロモンです。この内ソロモンは多くの外国の女性をめとり、同時に彼女たちの偶像宗教も取り入れました。その結果、国は北朝イスラエルと南朝ユダの二つに分裂し、それぞれに王を頂きますがこれらの王の大部分はひどく悪い王でした。悪いと言うのは特に神への信仰においてです。イスラエルの王たちはほとんど悪王でしたがユダには幾人かの良き王もいました。中でもヒゼキヤは良い王でしたがその子マナセは悪王中の悪王でした。何と彼は神の神殿の庭にバアルの祭壇を築き、神殿の中、聖所にバアルとアシェラの像を安置したのです。これは考えられないほどひどい神への冒涜です。
ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年間、王であった。彼の母の名はエディダといい、ボツカテの出のアダヤの娘であった。彼は主の目にかなうことを行なって、先祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれなかった。22:1〜2
不思議なもので悪い父に良い子が生まれることがあり、良い父に悪い子が生まれることがあります。マナセの子アモンは悪王でしたが、孫のヨシアはまれに見る良い王でした。
ヨシヤ王の第十八年に、王はメシュラムの子アツァルヤの子である書記シャファンを主の宮に遣わして言った。「大祭司ヒルキヤのもとに上って行き、主の宮に納められた金、すなわち、入口を守る者たちが民から集めたものを彼に計算させ、それを主の宮で工事している監督者たちの手に渡しなさい。それを主の宮で工事している者たちに渡し、宮の破損の修理をさせなさい。木工、建築師、石工に渡し、また宮の修理のための木材や切り石を買わせなさい。ただし、彼らの手に渡した金を彼らといっしょに勘定してはならない。彼らは忠実に働いているからである。」そのとき、大祭司ヒルキヤは書記シャファンに、「私は主の宮で律法の書を見つけました。」と言って、その書物をシャファンに渡したので、彼はそれを読んだ。書記シャファンは王のもとに行って、王に報告して言った。「しもべたちは、宮にあった金を箱からあけて、これを主の宮で工事している監督者たちの手に渡しました。」ついで、書記シャファンは王に告げて、言った。「祭司ヒルキヤが私に一つの書物を渡してくれました。」そして、シャファンは王の前でそれを読み上げた。王は律法の書のことばを聞いたとき、自分の衣を裂いた。22:3〜11
ヨシュアが改革を始めて神殿の修理を始めたとき、神殿の中からモーセの律法の巻物が出てきました。それを読んだ時ヨシュアは悲しみのあまり衣を引き裂いたのです。驚くことはその時代にはすでに律法の書は失われていたということです。私には良くわからないのですが、祭司やレビ人たちは律法の書を筆写することも主な仕事だったと思うのです、しかし、そんなことも忘れられていたのでしょうか。実際、50年、100年と言う単位で人間は先のことを忘れるものです。とにかくヨシュアは神の前に誠実に事を行いました。
ところが、ヨシュアの神への悔い改めの呼びかけに多くのイスラエルの人々は嘲笑をもって答えています。しかし、ヨシュアはすばらしい宗教改革を断行します。
王は主の宮へ上って行った。ユダのすべての人、エルサレムの住民のすべて、祭司と預言者、および、下の者も上の者も、すべての民が彼とともに行った。そこで彼は、主の宮で発見された契約の書のことばをみな、彼らに読み聞かせた。それから、王は柱のわきに立ち、主の前に契約を結び、主に従って歩み、心を尽くし、精神を尽くして、主の命令と、あかしと、おきてを守り、この書物にしるされているこの契約のことばを実行することを誓った。民もみな、この契約に加わった。それから、王は大祭司ヒルキヤと次席祭司たち、および、入口を守る者たちに命じて、バアルやアシェラや天の万象のために作られた器物をことごとく主の本堂から運び出させ、エルサレムの郊外、キデロンの野でそれを焼き、その灰をベテルへ持って行った。彼はまた、ユダの王たちが任命して、ユダの町々やエルサレム周辺の高き所で香をたかせた、偶像に仕える祭司たちを、また、バアルや太陽や月や星座や天の万象に香をたく者どもを取り除いた。彼は、アシェラ像を主の宮から、エルサレムの郊外、キデロン川に運び出し、それをキデロン川で焼いた。彼はそれを粉々に砕いて灰にし、その灰を共同墓地にまき散らした。さらに、彼は主の宮の中にあった神殿男娼の家をこわした。そこでは、女たちがアシェラ像のための蔽いを織っていたからである。彼はユダの町々から祭司たちを全部連れて来て、ゲバからベエル・シェバに至るまでの、祭司たちが香をたいていた高き所を汚し、門にあった高き所をこわした。それは町のつかさヨシュアの門の入口にあり、町の門にはいる人の左側にあった。高き所の祭司たちは、エルサレムの主の祭壇に上ることはできなかったが、その同輩たちの間で種を入れないパンを食べた。彼は、ベン・ヒノムの谷にあるトフェテを汚し、だれも自分の息子や娘に火の中をくぐらせて、モレクにささげることのないようにした。ついで、ユダの王たちが太陽に献納した馬を、前庭にある宦官ネタン・メレクの部屋のそばの主の宮の入口から取り除き、太陽の車を火で焼いた。王は、ユダの王たちがアハズの屋上の部屋の上に造った祭壇と、マナセが主の宮の二つの庭に造った祭壇を取りこわし、そこから走っていって、そして、その灰をキデロン川に投げ捨てた。王は、イスラエルの王ソロモンがシドン人の、忌むべき、アシュタロテ、モアブの、忌むべきケモシュ、アモン人の、忌みきらうべきミルコムのためにエルサレムの東、破壊の山の南に築いた高き所を汚した。また、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を切り倒し、その場所を人の骨で満たした。なお彼は、ベテルにある祭壇と、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの造った高き所、すなわち、その祭壇も高き所もこわした。高き所を焼き、粉々に砕いて灰にし、アシェラ像を焼いた。23:2〜15
この長いリストは神の選民イスラエル民族がいかに偶像に汚れ、不信仰と背信に陥っていたかを示しています。同じ事が今、欧米のクリスチャンの中に起こっています。そして、反逆や背信ではないにしても今の日本人もまた、神の憎む偶像崇拝を徹底的に行っていると言う意味において決して無関係ではありません。もし、ユダが偶像礼拝において滅ぼされたとするなら日本も同じように滅ぼされるでしょう。歴史上、偶像礼拝の結果は常に滅亡だったのです。私はその意味で日本への神の裁きを恐れます。この後もヨシュアは神に忠実に歩みますが、どうしたことか無謀にもエジプト王に戦いを挑み戦場に散ります。これは神のユダに対する怒りがヨシュアの努力ではもう間に合わなかったことの表れなのでしょう。この後、エホヤキム、エホヤキン、ゼデキヤという3人の王の時代にユダはバビロンによって滅ぼされ、多くの有力な人々はバビロンに連れ去られます。3人の王たちはそれでも神に悔い改めず、それどころかエホヤキム王はエレミヤにあたえられた神の言葉を一行づつ切って火にくべるということさえしました。エホヤキムは死に、その子エホヤキンはバビロンにつれて行かれエホヤキムの兄弟ゼデキヤは、その子供たちを目の前で殺された後に目をえぐり出されてバビロンに連れて行かれ、その後は判りません。背信というのは仕方無しにするのではなく、神を敵としてあざ笑って行うものです。しかし、その結果は悲惨なものです。死に臨んでいくら悔い改めても遅いのです。さて、この悲劇の最中に一人の人物が大バビロンのネブカドネザルによって名をもって呼ばれました。それは預言者エレミヤです。
バビロンの王ネブカデレザルは、エレミヤについて、侍従長ネブザルアダンに次のように命じた。「彼を連れ出し、目をかけてやれ。何も悪いことをするな。ただ、彼があなたに語るとおりに、彼にせよ。」こうして、侍従長ネブザルアダンと、ラブ・サリスのネブシャズ・バンと、ラブ・マグのネルガル・サル・エツェルと、バビロンの王のすべての高官たちは、人を遣わして、エレミヤを、監視の庭から連れ出し、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤに渡して、その家に連れて行かせた。こうして彼は民の間に住んだ。エレミヤ39:11〜14
エレミヤは全ての国民から嫌われていました。非国民。売国奴。不信仰者。彼の名は子供たちの歌にさえなりました。彼がユダの滅亡を預言したからです。彼が人々に耳障りの良い話をすれば彼はヒーローにもなれたでしょう。しかし、神に従う道を選んだときから彼はさんざんな扱いを受けたのです。しかし、今、全ては彼の言葉の通りになったのです。そして、何とネブカドネザルさえ彼を知っていたのです。ネブカドネザルは彼を丁重に扱えと命じます。そして侍従長ネブザルアダンはエレミヤにその後の生活を自分で自由にするようにと言います。
侍従長ネブザルアダンがラマからエレミヤを釈放して後に、主からエレミヤにあったみことば。・・彼がエレミヤを連れ出したとき、エレミヤは、バビロンへ引いて行かれるエルサレムとユダの捕囚の民の中で、鎖につながれていた。・・侍従長はエレミヤを連れ出して、彼に言った。「あなたの神、主は、この所にこのわざわいを下すと語られたが、主はこれを下し、語られたとおりに行なわれた。あなたがたが主に罪を犯して、その御声に聞き従わなかったので、このことがあなたがたに下ったのだ。そこで今、見よ、私はきょう、あなたの手にある鎖を解いてあなたを釈放する。もし、私とともにバビロンへ行くのがよいと思うなら、行きなさい。私はあなたに目をかけよう。しかし、もし、私といっしょにバビロンへ行くのが気に入らないならやめなさい。見よ。全地はあなたの前に広がっている。あなたが行くのによいと思う、気に入った所へ行きなさい。」エレミヤ40:1〜4
どうか、覚えてください。神に忠実に仕える人は、人々から受け入れられないこともあります。しかし、どんな危機の中でも神はその人を守るのです。国が滅びると言うようなことを考えるのは決して愉快なことではありません。しかし、滅びないということも出来ませんし、そんなことを考えなくて良いわけでもありません。むしろどんなことにも対処できるように心を備えるべきです。そして、どんな時にも神と共に歩む人は幸いです。