タイムズ・オンライン(イギリス)
2005年3月19日
7回のウインブルドン優勝の後、サイモン・バーンズの言葉はチャンピオンの涙を誘った
文:Neil Harman


ピート・サンプラスを涙ぐませるには、多くの出来事、多くの人々を必要としてきた。
結婚、父親になる事、7回のウインブルドン優勝、そして……
サイモン・バーンズ、我々のチーフ・スポーツライター


サンプラスに説明してもらおう。「ウインブルドンでは、僕について誰も何も書かない時期があり、僕もあまり人気を得ようと努めていなかった。1993年に初めて優勝した時には、僕は退屈という事だった。次の年(ゴラン)イワニセビッチを負かした時には、テニスは退屈という事だった。そして1995年にボリス(ベッカー)を降したら、僕はベストという事になった」

「大会の間はずっと新聞から遠ざっていたが、優勝したら帰りのフライトで、ポール(アナコーン、彼のコーチ)と僕はすべての新聞を買って、少しの間それを楽しんだものだった。それは僕のお祝いの一部になった。『ちょっと楽しもう、ピート』と考えていたよ」

「パット・ラフターを降した最後の優勝の時だったが、タイムズ紙に載ったサイモン・バーンズの記事には涙が込み上げてきた。その言葉は覚えていないが、そんな風に書かれた事はあまりなかった。とてもありがたく、素晴らしい気持ちだったよ」



以下は、サイモン・バーンズが2000年7月10日に書いた記事である。
チャンピオン・サンプラスの歴史との闘い

12のグランドスラム・タイトルを獲得し、6年連続で世界ナンバー1だった男をびびり屋と呼ぶのは、少しばかり手厳しいだろう。

だがテレビでウインブルドン男子シングルス決勝を見るのは、不可解なまでに成功を収めてきた男の目を覗き込み --- そして百万もの疑いを読み取る事であった。

しかしなお、少しでもテニスの歴史を知っている者にとっては、過去から察せられる事はすべてそこにあるのだ。ピート・サンプラスは19歳の時、USオープンで初のグランドスラム・タイトルを獲得した。

男子テニス界でメジャー優勝を遂げるには、驚くほどの若さだった。そして、彼をダメにしかかったほどだった。彼は調子を落とし、チャンピオンである事の重みを絶望的な様子で語った。

彼の性質と気性は、テニス界のさまざまな有名人に痛烈に叩かれた。1人の人間が (a) チャンピオンであり、同時に (b) 繊細である事は可能なのか? 良い質問だ。間違いなく、それはとてつもなく困難だ。そして、サンプラスは明らかに繊細な人間である。彼はその事実を隠そうと努めてきたが。

そして実際、彼が自分を立て直したのは、翌年そのタイトルを失ってからであった。彼が現代の、いや、おそらく史上最も容赦ないチャンピオンになるとは、当時は誰も予測しなかっただろう。我々は何度も、最も厳しい時に、思いもよらぬ高さまで彼が自分のゲームを引き上げるのを見てきた。ウインブルドンは彼の特別な時であり場所であった。彼は7年間で6回、そこで優勝者となったのだ。

そして毎回、彼は天才を見せつけるだけで何かを言明したりせず、ほとんど感情を見せなかった。サンプラスは完璧を追求しているのだ。多くのテニスプレーヤーは、感情を露骨に表す。サンプラスは感情を胸の内に秘める。

だからテレビを見ていると興味をそそられる。威厳に満ちたテニスを見て、次に彼の目を覗き込むと、勝利が見えないのだ。まれに、一時的に対戦相手が優勢になる。だがその時も、サンプラスの目には疑いも恐れも浮かんでいないのだ。

昨日までは。思いがけなくも、我々はサンプラスが自信喪失するのを見た。いいですか、それ自体が、驚くばかりの事だったのだ。彼は19歳の時、自分にチャンピオンと呼ばれる権利があるのだろうかと考えた。

今、28歳にして、史上最も偉大なチャンピオンと呼ばれる権利があるのかどうか、彼は自問しなければならなかった。それは考えさせられる命題だ。ことに、彼が繊細な人間なら。

そしてサンプラスは考えた。彼はすでに12のグランドスラム・タイトルを獲得し、ロイ・エマーソンと史上最多記録を共有して、この試合に臨んだからだ。もう1つで、彼は単独で抜け出すのだ。

この妙な、雨で中断される日に長い間考えるには、けた外れの命題である。サンプラスは自分がそれをする人間なのだろうかと思いを巡らした。不安だった。彼はかつて、肩にのしかかるチャンピオンシップの重みを感じたが、今、歴史の重みを感じていた。

つかみ取った10のブレークポイントを彼がコンバートできなかったのも、不思議ではない。第1セット、彼は優位に立っていた。サービスゲームを楽にキープし、対戦相手のパット・ラフターを苦境においていた。それでもなお、彼は状況を打破できなかった。

そしてタイブレークで --- そう、ここでその単語を入力するのも信じがたい --- 2連続ダブルフォールトを犯し、サンプラスは第1セットを失った。つまり、これはサンプラス、彼のサーブ、ウインブルドンで、これは決勝戦なのだ。サンプラスはそういう事をしないはずだ。

だが昨日、彼はしてしまった。ラフターは公汎なオールコートの攻撃力を持ち、1ポイント失うのさえ嫌う男だが、サンプラスを追いつめようとしていた。

あの雄叫び、あのエアーパンチ:サンプラスがそんな事をするのを見た事がない。しかもそれは第2セット・タイブレークの1ウィナーに過ぎなかったのだ。サンプラスは祝ったりしないで、どんどん進めるだけのはずだ。つまり、それほど意味があったのだ。彼は歴史へ向けて戦い、そして、一度だけ、彼自身の本性と戦っていた。

彼は自分の知る自己を越えて踏み出さなければならなかった。初のチャンピオンシップを勝ち取った後、まさにしなければならなかったのと同じく。そして彼はその第2セット・タイブレークを獲り、試合をイーブンにした。形勢は変わっていた。

その後、2人の男は日没へと向かってプレーを続けたが、それはサンプラスの日になろうとしていた。スクリーンはサンプラスが両親と抱き合う映像で埋まり、覆い尽くす感情の内にその日は終了した。

偉大なアスリートは、すべての対戦相手を破り、自分自身に対するそれら2つの断固たる闘いを勝ち抜いたのだ。我々は今後、どんな分野においても、さらに優れたチャンピオンを見る事はないであろう。





<関連記事>
タイムズ・オンライン(イギリス)2005年3月19日
ピーター・ザ・サイレント --- 静かなるピーター

タイムズ・オンライン(イギリス)2005年3月19日
「終わりだ。何も残ってないし、証明すべきものもない」
文:Neil Harman

タイムズ・オンライン(イギリス) 2005年3月19日
ヘンマンにはいつかウインブルドンで優勝できる才能がある
文:Neil Harman